本研究は放射線に対する障害を、幹細胞の組織内動態の観点から定量的に解析することにより、発がんに至る組織レベルでの放射線障害の蓄積性を明らかにし、これを低線量・低線量率放射線の個体レベルでのリスク評価に資することを目的とした。組織幹細胞のモデルとして、発がんへの寄与が明らかとなっている腸管幹細胞(Lgr5陽性細胞)に着目し、Lgr5陽性細胞に対しタモキシフェン依存的な時期特異的組換えによりレポーター遺伝子の発現を誘導することで、組織幹細胞とその子孫細胞を長期間追跡する手法(Lineage tracing)を利用し、放射線誘発による腸管組織のターンオーバーを定量的に評価する方法を開発した。Lgr5陽性細胞は高線量(3Gy)照射では十二指腸から大腸にかけて広く細胞数を減少させたが、低線量(1Gy以下)の場合には、十二指腸のLgr5陽性細胞数には影響がなく、大腸のLgr5陽性細胞のみが顕著に減少することが分かった。レポーター遺伝子としてLacZもしくはtdTomatoを発現させ、放射線誘発の幹細胞の組織内ターンオーバー頻度を観察したところ、大腸でレポーターを発現した幹細胞由来の組織が顕著に減少し、それは線量依存的であった。このことから、放射線による幹細胞ターンオーバーは、放射線感受性のLgr5陽性細胞を有する大腸に着目することで、定量的かつ高感度に検出できることが明らかになった。また、高線量率放射線によって失われた大腸のLgr5陽性細胞は、その後新たに合成され供給されることが明らかとなり、これにより組織修復がなされていることが推察された。これらの幹細胞を中心とした組織動態は放射線によるがん化過程を知る上で重要な知見である。
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