研究概要 |
本研究では、不斉な有機フッ素分子を結晶工学的手法により並べて細孔性の結晶を作成し、その細孔壁面に分子サイズのラチェット構造を構築し、この構造の逆止弁としての効果、あるいは熱振動を利用したブラウニアン・ポンプ効果により、その細孔内に取り込まれた分子を一方向へ動かすこと(分子整流装置)を目指した。 具体的には,ナフタレン構造を有する二頭型トリフルオロ乳酸エステルを合成した。この物質の結晶はナフタレン分子がヘリングボーン型に重なり、結晶内にある全てのトンネルが同じ方向に傾いたナフタレン分子を壁面とする細孔トンネルを持つ。これをアントラセン分子とともに結晶化し、アントラセン分子をこの異方性の細孔内に取り込んだ針状の結晶を作成した。この結晶内のアントラセン分子の分布は、その蛍光により観察できる。 再結晶直後にはアントラセン分子は結晶内に一様に存在していた。この結晶を室温で2日間放置すると、結晶細孔内のアントラセン分子が針状晶の片方に片寄ったことを蛍光により確認した。さらに、この結晶の単結晶X線構造解析により、蛍光を発する結晶部分の細孔にはアントラセン分子が存在し、しない部分にはアントラセン分子が存在しないことを確認した。さらに、アントラセン分子の移動方向から、細孔結晶のラチェット構造は「逆止弁」としてではなく、ブラウニアン・ラチェットとして働いたことを明らかにした。すなわち、この柔らかな結晶はその熱振動により、その細孔中の分子を一方方向へ押し出せることを明らかにした。これは、ナノテクノロジーによる「熱」の高度な利用の可能性を示すものである。
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