研究課題
本研究では、染色体位置特異的な遺伝子挿入の新技術を用いて、X染色体不活性化プロセスを可視化するES細胞、遺伝子導入マウスを作製し、その解析を行う。今年度までに、同一遺伝子座に異なる蛍光蛋白質遺伝子を挿入した♀細胞の作製を行なった。不活性化中心から近位に約100kb離れたT261遺伝子座と、遠位に約26Mb離れたDiap2遺伝子座の2つを用いた。これらの遺伝子座にlox配列が挿入されたES細胞をそれぞれ単離し、このlox配列を標的として、蛍光蛋白質をユビキタスに発現させる発現ベクターを部位特異的に導入した。今回は、EGFP遺伝子とtdTomato(赤色蛍光蛋白質)の挿入を行った。異なる蛍光蛋白質遺伝子が挿入されたES細胞からマウス個体を作製し、それらの個体を交配し、そこから同一遺伝子座に緑色、赤色の異なる蛍光蛋白質遺伝子が導入された♀ES細胞を樹立した。これらのES細胞、およびマウス個体を用いてES細胞の分化過程、および個体胚発生過程で、蛍光蛋白質の発現を観察したところ、未分化状態のES細胞では、両方の蛍光蛋白質遺伝子が発現していたが、分化した細胞では、ランダム不活性化により、どちらか一方の蛍光蛋白質しか発現していないことが認められ、この実験系を用いて不活性化状態を可視化できることが確認された。また、X染色体上にありながら不活性化を受けないゲノム領域である偽常染色体領域のエピジェネティック状態を解析するために、Xist遺伝子ノックアウトマウスと亜種マウスとの交雑個体の♀体細胞を用いて(この交雑個体では、Xistノックアウトアレルを持つX染色体は活性を持ち、一方のX染色体が必ず不活性化され,亜種ゲノムとの間には多数のSNPがあるので、不活性Xと活性Xを区別して解析することができる)各種のヒストン修飾に対するChIPを行った。
2: おおむね順調に進展している
平成23年度は以下の3つの研究計画を立案し、それぞれ実施した。1)X染色体不活性化可視化技術の確立2)偽常染色体のエピジェネティック状態の解析3)偽常染色体ゲノム断片挿入によるX染色体不活性化機構の解析まず、1)の可視化技術の確立に成功し、実際にランダムX染色体不活性化を生きた個々の細胞(ES細胞、およびマウス個体)で観察することができるようになった。これまで、1種類の蛍光蛋白質遺伝子がX染色体に挿入された細胞、マウス系統は存在したが、同一遺伝子座に2種類の蛍光蛋白質が挿入された例はない。また、遺伝子座もひとつではなく、2つの(X不活性化中心から異なる距離に位置する)遺伝子座に遺伝子導入した細胞、マウス系統を樹立することができた。2)については、Xistノックアウトマウスと亜種マウス系統の交雑個体を作出し、この♀細胞から4種類のヒストン抗体を用いて、ChIPを実施しており、現在までに、次世代シーケンサーで配列決定するためのライブラリー作製を終えており、これも計画どおり進行している。3)に関しては、申請時には完全ではなかった偽常染色体領域の配列の決定が完了し、また、この領域の大部分を含むBACクローンのサブクローニングを行った。さらに、これらのクローンを染色体部位特異的に挿入するためのコンストラクトの設計を行った。これについても、概ね順調ということができる。
生細胞で不活性化をモニターすることが可能な利点を活かし、胚発生過程において、どのようにして不活性化が成立するか(その時期、また空間的にタイミングの違いがあるか否か、など)について調査を行う。また、細胞系を用いて、不活性化成立前、成立後の細胞を選別することを試みる(2色同時に発現する細胞と1色それぞれの細胞をFACSを用いて選別)。選別・単離が成功すれば、成立前後の細胞の遺伝子発現やエピジェネティックステータスの解析を行う。不活性化されるX染色体の選択はランダムに起きるとされているが、発生過程や各組織間で偏りがないか、あるいは不活性化が解除されている細胞はないか、などについても検討していく。不活性化を受けないゲノム領域である偽常染色体領域のエピジェネティック状態を解析するために、Xist遺伝子ノックアウトマウスと亜種マウスとの交雑個体の♀体細胞を用いて各種のヒストン修飾に対するChIPを行い、そのDNAを用いてシーケンス用のライブラリー作製を行ったので、これを用いてChIP-Seqを実施し、不活性化を受けている染色体領域とそれを免れている領域にエピジェネティック状態の違いがあるか、あるとしたらその境界はどこなのかを特定する。さらに、X染色体にありながら不活性化を回避する偽常染色体領域の配列を、本来不活性化を受ける領域に挿入した場合、不活性化の確立、維持にどのような影響が表れるかをアッセイする。そのための、BACのような巨大DNA断片のための、部位特異的挿入技術の改良を行う。
平成24年度は、ChIP-Seq、およびMethyl-Seqを実施するため、ChIPやMe-DIPのための試薬、および次世代シーケンサーによる配列決定のための試薬、器具のための消耗品費が研究費の大半を占める予定である。また、これまでのように、細胞培養やその解析のための試薬、およびマウス購入費用にも使用する予定である。
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