研究課題
本研究では、染色体位置特異的な遺伝子挿入の新技術を用いて、X染色体不活性化プロセスを可視化するES細胞、遺伝子導入マウスを作製し、その解析を行ってきた。今年度までに、2本のX染色体の同一遺伝子座にそれぞれ異なる蛍光蛋白質遺伝子を挿入した雌マウス系統を確立した。このマウス個体を構成する細胞ではランダム不活性化により、どちらか一方の蛍光蛋白質しか発現していないことが観察され、この実験材料を用いて不活性化状態を可視化できることが確認された。臓器全体で見ると、赤色、緑色の細胞が均一に混在している場合もあるが、臓器によっては、それぞれのX染色体を持つ細胞が比較的大きな組織を形成し、大きな偏りを持つモザイクパターンを形成している例も認められた。これは、臓器を形成する始原的な細胞が比較的少数であり、またそこから派生する細胞集団の活発な混合が、臓器の形成過程で起きなかったため、このようなパターンが作られたものと考えられた。不活性化されたX染色体と活性X染色体のエピジェネティック状態の差異を調べるために、Xist遺伝子ノックアウトマウスと亜種マウスとの交雑個体の♀体細胞を材料に各種のヒストン修飾に対するChIP-seq解析を行った。この交雑個体では、Xistノックアウトアレルを持つX染色体は活性型となり、もう一方のX染色体が必ず不活性化される。亜種ゲノムとの間には多数のSNPがあるので、それを用いて不活性Xと活性Xを識別して解析することができる。ChIP-seq結果を情報学的に解析した結果、H3K4me3等の遺伝子発現が活性化されている領域をマーキングするヒストン修飾は、活性染色体に偏った形で存在していた。逆に抑制性のゲノム修飾は不活性X染色体に偏在していること等が確かめられ、活性、不活性それぞれのX染色体のエピジェネティック状態の詳細を初めて明らかにすることができた。
2: おおむね順調に進展している
1)X染色体不活性化可視化マウスの解析2)偽常染色体のエピジェネティック状態の解析それぞれについての成果として、1)ランダムX染色体不活性化を生きた個々の細胞(ES細胞、およびマウス個体を構成する細胞)で観察することができるようになった。どちらのX染色体が不活性化されるかはランダムに決定されるが、不活性化を受けた細胞からクローナルに生じる細胞は同一の不活性化パターンを受け継ぐとされている。X不活性化可視化マウスの臓器を3次元蛍光イメージングの手法を駆使して観察すると、赤色、緑色の細胞が均一に混在している臓器もあるが、どちらか一方の活性X染色体を持つ細胞がドミナントになっている臓器も認められた。これは、この臓器を形成する始原的な細胞が比較的少数であった、あるいはその形成過程で活発な細胞の混合が起きなかったこと等を示唆すると思われる。これらの結果から、これまで未知であった組織レベルでの不活性Xの偏りに関する知見を得ることができた。2)については、Xistノックアウトマウスと亜種マウス系統の交雑個体を作出し、この♀細胞から4種類のヒストン抗体を用いて、ChIPシーケンス解析を実施し、インフォーマティクス解析を行った。活性、不活性X染色体の間でエピジェネティック修飾の偏りが存在しており、染色体不活性化を反映しているものと考えられる。細かくみると今回調べた2種の抑制性修飾の入り方はそれぞれ異なる部分もあり、2つの修飾がゲノム領域ごとに使い分けられている可能性が示された。現在まで、不活性X染色体、活性X染色体それぞれを区別して解析した報告例はなく、今回得られたデータをより詳細に解析することで不活性化された染色体エピゲノムの実態が初めて明らかにされることが期待される。
1)X不活性化可視化マウスを用いたランダムX不活性化・X再活性化過程のイメージング解析: X染色体不活性化のプロセスを可視化するES細胞・マウス個体を利用し、in vitro分化系、および個体発生の時系列に沿った不活性化現象の解析を行う。特に個体を用いて、不活性化の開始時期、再活性化のキネティクスを調べる。生細胞でモニター可能な利点を活かし、不活性化成立前、成立後の細胞を選別し、成立前後の細胞の遺伝子発現やエピジェネティックステータスの解析を行う。2)X不活性化可視化マウスを用いた各臓器における不活性化偏在パターンの検索: X不活性化可視化マウスの臓器を観察すると、赤色、緑色を呈する細胞が均一に存在する場合と明らかに偏在が認められる組織・器官が存在していた。このような偏在の起源と生物学的意義を調べるため着床後胚、胎児、成獣における不活性化パターン画像を取得し、3次元構築を行い、各臓器における偏在パターン情報を集積する。3) 偽常染色体境界領域のエピジェネティック解析: 不活性化を受けないゲノム領域である偽常染色体領域のエピジェネティック状態を解析するため、今回得られたChIP-Seqの結果から、不活性化を受けている染色体領域とそれを免れている領域にエピジェネティック状態の違いがあるか、あるとしたらその境界はどこなのかを特定する。また、DNAメチル化についても解析を行う。さらに、X染色体にありながら不活性化を回避する偽常染色体領域の配列を、本来不活性化を受ける領域に挿入した場合、不活性化の確立、維持にどのような影響が表れるかをアッセイする。そのための、偽常染色体の大半を含むBACクローンの断片化を行い、そのDNA断片の染色体部位特異的挿入を行う。
研究計画として、偽常染色体を含むX染色体のエピジェネティック状態の解析を行う予定である。平成24年度は、ChIP-Seq法によりヒストン修飾の解析を行った。DNAメチル化についても解析を行う予定であったが、試料調製のための材料採取に時間がかかり、24年度中には完了しなかったので、そのための資金を次年度に持ち越すこととした。したがって、平成25年度に、次世代シーケンサーを用いてDNAメチル化解析を実施するので、そのための試薬等の消耗品費として使用する予定である。また、細胞培養のための試薬にも使用する予定である。
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