研究課題/領域番号 |
23651202
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
松林 伸幸 京都大学, 化学研究所, 准教授 (20281107)
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キーワード | ゆらぎ / パスウェイ / 自由エネルギー / 分子シミュレーション / 分布関数 / 構造エネルギー / 生体分子 / 相関 |
研究概要 |
タンパク質の構造ゆらぎに応じて、タンパク質の分子内構造エネルギーと溶媒和自由エネルギーもゆらぐ。これらのエネルギーゆらぎを、残基ごと・2次構造ごとに局所分割し、局所エネルギーゆらぎの相関解析を行うことが本研究の目的である。本年度は、horse heart cytochrome cの全原子分子動力学シミュレーション(MD)から、固定配座データを取り出し、各配座における溶媒和自由エネルギーを全原子モデルで計算した。溶媒は、純水だけではなく、尿素ー水混合溶媒を用いた.力場(モデルポテンシャル関数)は、通常のAMBERであり、自由エネルギー計算はエネルギー表示法を用いた。前年度は、分子内エネルギー(構造エネルギー)と水和自由エネルギーの相関を調べ、相関係数が-1であることを見出した。タンパク質分子構造のゆらぎが、水和によって誘起・補償されることを示す結果である。これに対して、本年度は、溶媒が純水から尿素ー水混合溶媒に変わった際の溶媒和自由エネルギーの変化(移行自由エネルギー)を対象とした。前年度の場合は、水和自由エネルギーと水和の静電相互作用の間に、線形応答的な相関関係が成り立つことを見出した。これに対して、純水から尿素ー水混合溶媒への移行の場合には、van der Waals相互作用が支配的な相関因子であることを明らかにした。また、相関係数は、純水の場合と同様に 1 に近かったが、相関プロットの傾きは、線形応答値から大きくずれていた。自由エネルギーを、タンパク質の構造単位(残基など)ごとの寄与に分割することは難しいが、エネルギーの分割は容易である。上記の相関解析によって、純水から尿素ー水混合溶媒への移行の場合にも、自由エネルギーとエネルギーの線形性が明らかになった。エネルギーゆらぎの局所分割を、移行に関わる差の量についても、同様の手法で解析可能であることを担保する結果である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでに、horse heart cytochrome cの分子動力学シミュレーション(MD)を常温常圧で、純水および尿素ー水混合溶媒の2種類の溶媒中で行い、数百点の配座データを取り出してきた。次いで、純水だけではなく、 尿素ー水混合溶媒でも、エネルギー表示法による溶媒和自由エネルギーの全原子計算を行った。水も尿素分子も、原子レベルで考慮する計算である。タンパク質の自由エネルギー計算は巨大計算と呼ぶべきものであり、特に本研究では、純水と尿素ー水混合溶媒との間の溶媒和自由エネルギーの差(移行自由エネルギー)の計算が必要とされるため、精度の高い計算が必要となった。精度を上げるためには、長時間の計算が必要となり、そのためには、高速の計算が必要となる。このために、エネルギー表示法による自由エネルギー計算プログラムの改良を行った。また、数百に及ぶ配座での溶媒和自由エネルギーの計算を行うために、計算の自動化にも注力した。上記のプログラム開発および計算は、予定通りのスケジュールで進行した。また、申請時予定では、溶媒和自由エネルギーをタンパク質構造単位(残基など)の寄与に分割する予定であった。純水中での水和自由エネルギーが、水和エネルギーと強い相関を持つことを見出したことに続いて、純水から尿素ー水混合溶媒への移行自由エネルギーも、移行に伴う溶媒和エネルギーの変化と強い相関を持つことが分った。当初予想には無かった結果であるが、解析を簡略化することができることを意味する。純水から尿素ー水混合溶媒への移行の場合、van der Waals相互作用が支配的であり、特に有力な分割法が見出されているわけでは無い。これは、計算量がまだ不十分であることによるものなのか、相互作用の本質に関わる問題なのかは、未だ明らかでは無い。この点を、最終年度に考究することは、ほぼ予定通りである。
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今後の研究の推進方策 |
溶媒和自由エネルギーと溶媒和エネルギーの相関関係に則って、溶媒和エネルギーの方を軸として、2次元エネルギー相関の解析を進める。2種類の解析を行っている。第1種は、タンパク質内の部分構造エネルギー間の相関を経由して、最後も、タンパク質内の部分構造エネルギー間の相関となるものである。第2種は、最後が、部分構造エネルギーと部分溶媒和エネルギーの相関を用いて、溶媒につながるものである。第1種は分子内ゆらぎによるエネルギー移動、第2種は、溶媒とのエネルギーのやり取りによるエネルギー移動を記述する。溶媒和自由エネルギーと溶媒和エネルギーの直線関係を見出したことによって、第2種の解析が簡略化されている。最終年度は、純水から尿素ー水混合溶媒への移行に焦点を絞り、移行量を対象として、第2種の解析を行う。元となる計算量は、2次元のエネルギー相関を記述する共分散行列である。現在のところ、共分散行列の精度が十分ではなく、計算をさらに長時間化して、誤差を少なくする必要がある。その上で、独立成分分析および独立空間分析のような統計手法のエネルギー版を用いた解析を行う。これらの手法は、これまで空間座標のゆらぎに対して適用されてきたものであるが、元々の定式化からして、空間座標のゆらぎのみに適用が限定されるものでは無い。アルゴリズムは、エネルギーゆらぎでも空間座標ゆらぎでも同様である。次元の高い解析になるため、解析プログラムを並列化・高速化する必要がある。見出されるパスウェイは1種類ではない可能性があるが、重み付けは独立成分分析および独立空間分析の枠内で行う。当初予定の通り、cytochrome cタンパク質を対象として、全原子モデルを用いるという立場もそのままで、移行量(純水中での量と尿素ー水混合溶媒中での量の差)の解析を行う。
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次年度の研究費の使用計画 |
計算をより大規模に行うために、16コアの計算サーバーを購入予定である。納入は、秋までを考えている。また、大量のトラジェクトリデータを保存するためのハードディスクを消耗品として購入し、さらに、研究打合せのための旅費を使用することを予定している。新規購入の計算サーバーは、RAID システム搭載型として、データの安全性を担保する。既存のファイルサーバーにも連結することで、これまでのデータと一括して取り扱うことを可能にする。プログラミングとシステム管理補助には大学院生1名と共同して行う。
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