研究課題
多くの悪性腫瘍(がん)を構成する細胞は、染色体数が正常体細胞の46本から逸脱した異数性を示し、細胞分裂の度に染色体数が変動する染色体不安定性と呼ばれる細胞病態に陥っていると考えられている。染色体の数が不均一となることは、腫瘍が多様な顔つきを持つ細胞集団となることに直結し、それ故、異数性細胞の出現と臨床的な悪性度とは強い正の相関がある。従って、染色体不安定性の獲得は発がんや悪性化過程の引き金となると推察されている。こうした染色体不安定性は、細胞分裂期における染色体動態異常に起因することはじめいである。 近年、染色体動態の分子メカニズムの理解は相当な域に達しつつあり、分裂期キナーゼによるタンパク質のリン酸化修飾が重要な生化学反応であることが分かってきた。即ち、分裂期キナーゼの制御や機能が正常から逸脱すると染色体分配を失敗しやすくなる、という作業仮説が成立する。 こうした背景から、本研究では、がん細胞に潜む分裂期キナーゼの脆弱性を明らかにすべく、この挑戦的萌芽研究では、染色体不安定性という細胞表現形を指標とした、分裂期キナーゼの機能を評価する実験系を開発することを目的とした。僅かな分裂期キナーゼの活性低下に鋭敏に反応する染色体動態を指標とすることによって、従来の生化学的解析方法では検出し得なかった潜在的な機能低下を捉えることが狙いである。先ずは、樹立されている様々な臓器由来のがん細胞株を用いて、その方法論を検討した。
3: やや遅れている
本年度は、分裂期キナーゼの機能低下とキナーゼ阻害薬の感受性との関連性を検証した。つまり、HeLa細胞において、Aurora BおよびPlk1といった分裂期キナーゼ、あるいはその活性化分子を、RNAi法によって段階的にノックダウンしたところ、細胞に発現するタンパク質の量を漸減させることができた。次いで、それぞれに存在するキナーゼの量依存性に、特異的阻害薬による染色体動態への効果を観察したところ、阻害薬に対する感受性の違いが、細胞内のキナーゼ活性をある程度反映することが示された。当初の計画からすると、現到達度は「(3)やや遅れている」と判断される。定量的なウエスタン解析を行うための方法論を確立するために、予測よりも時間を要したことが主因である。
染色体不安定性とがん細胞の異数性を考える上では、細胞には生存・増殖を許容できる染色体数の変動範囲があることを念頭に置く必要がある。つまり、染色体数の過多(あるいは過少)は細胞周期の長期停止ないし死滅を導くので、比較的小規模な染色体分離異常の有無に着目することが重要である。実際に、染色体不安定性を伴うがん細胞株においても、染色体の分離異常の起こる頻度はたかだか「数回の分裂に1染色体の不分離」程度であることも考慮すると、染色体不安定性を獲得したかどうかは、染色体動態の観察ができて且つ細胞分裂を連続的に追跡できるような実験系の構築が重要である。次のステージでは、その具体的な方法論の検討に着手する。
1)分裂期キナーゼの活性を抑えると先ずは染色体動態に異常を来すこと、2)分裂期キナーゼの阻害薬に高感受性である細胞ほど低い濃度において染色体動態異常が誘発されること―これらの観察に基づいて、本研究では、分裂期キナーゼ阻害薬の濃度を段階的に上げたときに誘発される染色体不安定性を指標にした分裂期キナーゼの機能評価法(Stepwise-challenging assay)を開発する。当初の計画通り、研究費の大部分は消耗品の購入を予定している。
すべて 2011 その他
すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件) 学会発表 (5件) 備考 (1件)
Genes & Dev.
巻: 25 ページ: 863-874
EMBO J.
巻: 30 ページ: 2233-2245
巻: 30 ページ: 130-144
http://www.jfcr.or.jp/tci/exppathol/index.html