経済社会学とライフコース論の議論を援用した本申請課題の研究からは、戦後の生命保険産業の発展(「死の商品化」の進展)が、戦後日本社会のジェンダー構造に埋め込まれた(embedded)変化であることが示され、労働力の女性化に関する議論の一助にもなるだろう。 1)この埋め込みについては、これまで体系的な考察がほとんどなされてこなかった、生命保険販売のエージェントの女性化に端的に示される。民間の生命保険エージェントと郵便局・農協の保険の男性のエージェントの比較調査では、エージェントのジェンダーと、生命保険販売における「信頼」の単位の相違に密接な関連があることが浮かび上がった。郵便局・農協の生命保険では、その組織の公的・準公的イメージによって、エージェントの「素性」や商品に対する安心感があり、販売上の壁が低い。それに対して民間の生命保険の販売では、組織への信頼ではなく、戦後の専業主婦化と都市化の進行のもとで生じた分断された小さな規模のネットワークの「ブリッジ」機能を果たすことで得られる「個人的」信頼で克服されたのであり、男性よりも女性エージェントの方が効果的にこの「ブリッジ」機能を果たすことが出来たためエージェントの女性化が顕著に進行したと思われる。 2)他方、現在経済が高度に発展しつつある社会(トルコ)の調査では、親族・近隣ネットワークの相互扶助機能の相対的な低下によって生命保険のニーズが高まり、実際、日本の企業も2社進出するほど、生命保険産業は発展しつつある。しかしながら、60年代~70年代の日本と同じような埋め込みではなく、「圧縮された近代」のもとで、死亡保障に重きをおいた「家族」を単位とした保険よりも、「女性」の保護は意識されつつも、医療保険など、「個人」を単位とした保険商品への関心の高く、日本とは異なった形での生命保険産業の社会構造への埋め込みが見られた。
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