平成23年度には、1900年以降の記号理論に関するパース文献を研究した。平成24年度には文献研究を継続しつつ、合衆国の研究者と交流した。それによってマルチエージェント・シミュレーションによる記号理論研究に関する情報をえた。帰国後病を得て研究継続が不可能になったので、補助事業期間延長を申請し承認された。平成25年度には、マルチエージェント・シミュレーション・システムをつかって、パースのセミオシス(記号過程)をシミュレーションする基礎的モデルをつくった。そこではパースの記号分類に基づいた3種類の記号のうち、2種類の記号を区別することができた。一つは、指示対象と直接的な(因果的な)関係をもつインデックス記号であり、もうひとつはその存在及び指示関係が社会的な創発現象であると考えられるシンボル記号である。その結果、インデックス記号のみの場合は、記号としての性質を持った記号母体数は一定の範囲に落ち着き、その平均値はおよそ初期条件に比例することがわかった。記号母体のシンボル化を許した場合、極めて興味深い現象が起こることを発見した。第一に、時間の経過と共に、初期条件には関係なく、すべての記号母体が同一の記号的性質を持つようになった。第二に、実験では記号的性質として2種類を用意し、その2種類の生起を様々な確率で実験したにも係わらず、インデックス記号の場合のように、その初期条件の確率に比例することは決して無く、ランダムにどちらかの記号的性質に落ち着いてしまったことである。これは、シンボル記号が社会的存在として、その記号的性質が恣意的に決まることを表しているのではないかと考えられる。
|