研究課題/領域番号 |
23652007
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研究機関 | 岩手大学 |
研究代表者 |
藪 敏裕 岩手大学, 教育学部, 教授 (20220212)
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研究分担者 |
石川 泰成 九州産業大学, 国際文化学部, 准教授 (10289358)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 漆紙文書 / 平壌貞柏洞364号墳出土竹簡『論語』 / 古文論語 / 古文孝経 |
研究概要 |
一般に、中国思想史研究においては、厳密なテキストクリティークに基づく原典を使用すべきであることは自明であろう。しかし、先秦期から漢代の思想研究は、ほぼ全文が出土している馬堆帛書の『老子』等の一部の文献を除けば資料的な制約もあって、基本的には宋代版本・開成石経等の善良とされるテキストを清朝考証学・敦煌本などにより校勘したテキストに依拠して行うこととなる。『論語』や『孝経』についても現在では同様な手法により本文が決定されている。 本研究は、こうした現状を打破し、それぞれのテキストの原本により近づくことを目的として、中国思想史研究者にはほとんど利用されていない奈良時代中期に筆写されたと想定されている漆紙文書を利用することにより、儒教経典の開成石経以前の実態究明といった観点から研究を行っている。漆紙文書を校勘の一資料として利用することで、開成石経以前の隋唐初期のテキストを復元することが可能となる。このために開成石経の『論語』『孝経』に対して、日本写本や敦煌本を参照することで六朝期から隋唐初期にかけての経典テキストを復元するための準備的作業を行ってきた。 今後、前漢期の成立と推定される平壌貞柏洞364号墳出土竹簡『論語』を利用することにより(写真版のみで実見することは現在まだできていないが)、時代を遡及し漢代から六朝期にかけての『論語』テキストの変容過程を明らかにする予定である。 漆紙文書『論語』『孝経』や平壌貞柏洞364号墳出土竹簡『論語』を用いた本文校訂と書誌学的手続きを経て経典テキスト『論語』『孝経』の六朝期の儒教経典の変容から、更に進んで、経書一般の六朝期における変容の法則性を推測することで、漢代テキストの復元と漢代テキスト定本を提供するという次なるチャレンジへの足場としたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究代表者の藪および分担者の石川は、全国で出土している『論語』および『孝経』に関する漆紙文書・木簡資料等の収集にあたった。胆沢城跡、多賀城、飛鳥京、飛鳥池遺跡、石上遺跡、藤原京、平城京、長屋王邸、平城二条大路、東大寺、徳島県観音寺遺跡から出土した漆紙文書の『論語』の本文のデータ入力をした。胆沢城跡の漆紙文書の『古文孝経孔氏伝』が隷定古字および異体字を含むことから、書体を判別できる資料収集の必要を感じ、徳島県観音寺遺跡77号木簡『論語』の木簡写真の複写資料物を収集した。また、『古文孝経』の日本鈔本の複写物を収集し、天理図書館蔵天平断簡、猿投神社本、三千院本、建治本、錦小路本などの奈良時代から戦国末時代にわたる抄本の複写物を入手し、隷定古字の使用例を調査した。静嘉堂文庫に隷定古字を論究した文章を収める最上徳内の『孝経白天章』の存在を知り、同書を調査した。 また、日本の漆紙文書や日本古抄本と文字の校勘、字体(隷定古字、異体字、俗字)の比較を行うため、隋唐時代のテキストの姿を伝える敦煌文書、トルファン出土文書から『論語』および今古文の『孝経』の影印複写物を収集し、さらに、資料収集中に韓国の6~8世紀の金海出土の『論語』との校勘、書体比較の必要を感じ、木簡の撮影されたもの、関係論文を収集した。 なお、『古文孝経』の出土位置を確認するため胆沢城跡の漆紙文書を発掘した奥州市埋蔵文化財調査センター所長の佐久間章氏の案内で現地を視察した。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究推進の方策は、収集した漆紙文書や出土木簡の『論語』『孝経』それぞれのテキストに対して、1.『論語』『孝経』の校勘を行い、漆紙文書で使用されている隷古字や異体字に留意しつつ、開成石経以前の唐代初期ないし六朝期の『論語』『孝経』テキストの推定復元を行う。2.版本系統の異本、異文を阮元の校勘記等を参照しつつ対比し、新たな『論語』『孝経』のテキスト異同の校勘記とテキスト系統を推定する。 現在の「古文」系とされる『孝経』や「古文」系「今文」系の本文が混在するとされる現行本『論語』が、三国六朝期の虚構のテキスト偽「古文」系に属するか、あるいは漢代以前の真「古文」であるのかという「古文」の真偽の問題、この結果に依拠する「今文」「古文」問題の思想的問題について再検討し、「古文」の本質に再定義を与える予定である。 また、上記の考察を経ることで、従来言われている今古文二系統のテキストが単純に文字の異同であるのか、あるいはまたは「文字の異同」という形式のみならず思想内容の違いを含む思想史的な問題であるかについても検討を行いたい。
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次年度の研究費の使用計画 |
前年度に引き続き全国の漆紙文書や木簡資料から『論語』『孝経』の文字が記されている写真等複写物の収集に予算を使用する予定である。異体字や俗字については、中国の敦煌文書の俗字研究、各時代の碑誌に見られる別字研究の資料収集に努める。そのための書籍購入費や文献複写費が必要である。 なお、入手不可能な資料については各地(中華人民共和国等を含む)の図書館等に間い合わせ、貸出し・複写を依頼するが、貴重物扱いで貸出し・複写を禁止しているものは直接出向いての閲覧・調査をせざるを得ない。(国内・外国)旅費に計上してある金額はそのための経費である。また、中間的報告として成果を漢字学、文字学に関係する学会で成果を発表する予定で、そのための旅費も発生する予定である。現在のところ、研究成果の報告は、第四回韓中日漢字文化学術国際論壇及び中国曲阜で開催される第四届世界儒学大会等を予定している。 また、今年度も漆紙出土の現場や出土品を管理している文化財センターへの出張も必要と考えている。なお消耗品は本文の比較・検討のための記憶メディア代等、謝金は複写・データベース化の際のデータベース入力者の人件費として必要である。また、その他、日本中国等の写本と漆紙文書の収集のための費用である。 残金が生じたことについては、韓国、済州島での第四回韓中日漢字文化学術国際論壇ならびに中国、曲阜での第四回世界儒学大会での成果発表がいずれも、海外出張のため、出張旅費が大きく必要になることを考慮し、次年度へ金額をプールすることから生じたものである。
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