研究課題/領域番号 |
23652007
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研究機関 | 岩手大学 |
研究代表者 |
藪 敏裕 岩手大学, 教育学部, 教授 (20220212)
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研究分担者 |
石川 泰成 九州産業大学, 国際文化学部, 准教授 (10289358)
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キーワード | 漆紙文書 / 古文論語 / 古文孝経 |
研究概要 |
中国思想史の原典のテキストは、近年の出土文物によるテキストクリティークが可能である一部の原典は別として、そのほとんどが、唐代の開成石経(一部は後漢の嘉平石経や三国期の三体石経)・宋刊本および敦煌出土の文献により校勘したテキストに依拠している。本研究は、従来中国思想史研究で顧みられなかった日本の出土文物(漆紙文書・出土木簡)や宋代以前の姿を留めるとされる日本鈔本を援用しつつ、代表的儒教経典である『論語』『孝経』について漢代から隋唐期におけるテキスト変容の断代的復元を試み、さらに古文系テキストの思想内容の解明に取り組んでいる。 本研究では、これまで、漆紙文書『古文孝経孔氏伝』の伝播について考察し、字形研究から隋・劉炫本の原形をとどめている可能性が高いことを論じた。『論語』については、平壌貞柏洞364号墳出土竹簡『論語』を実見する予定であったが、昨今の当該地域の国際情勢の緊迫化によりほぼ絶望的状況であり、日本や韓国で出土した木簡『論語』断簡を利用して経文の校勘を行った。今年度が最終年度となるが、平壌へ赴き、資料収集や研究者との交流はほぼ絶望的状況であるので、すでに入手している平壌貞柏洞364号墳出土竹簡『論語』の写真版や翻刻資料を利用しつつ、定州漢墓竹簡『論語』およびその校勘記との比較などから漢代から唐代にかけての『論語』テキストの復元するという挑戦的課題の成果を是非とも実現する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究代表者の藪および分担者の石川は、全国から出土した漆紙文書・木簡資料等の本文データを、阮元本『十三経注疏』所収の『十三経注疏校勘記』および陳舜政『論語異文集釈』を用いて『論語』本文との異同を調査した。徳島県観音寺遺跡77号木簡の『論語』の本文が、現行本と著しくことなることから、その理由を解明するため、徳島県観音寺遺跡77号木簡の形態が「觚」とよばれる多方体であることに注目した。「觚」に書かれた『千字文』が奈良・飛鳥池遺跡から出土し、中国・韓国での「觚」の出土例を調査したところ、中国では敦煌漢簡に觚に書かれた『急就篇』、韓国・金海・鳳凰臺遺跡出土の觚に『論語』の出土例があり、いずれも経典学習のための「習書」とされ、観音寺遺跡出土の『論語』経文の異同理由を考える上で参考となった。また、このほかの韓国の出土木簡『論語』本文も前年度に作成した日本出土木簡等『論語』本文データと比較対照データとして入力した。 また、『孝経』については、隷定古字、異体字、俗字を字形の上から、胆沢城遺跡・多賀城遺跡出土の漆紙文書『古文孝経』と天理図書館蔵天平断簡、猿投神社本、三千院本、弘安本、建治本など早期古抄本『古文孝経』ならびに戦国期の錦小路本『古文孝経』との比較を行った。その結果、漆紙文書『古文孝経孔氏伝』の伝える隷定古文、異体字は、日本に伝来した隋唐期の劉炫本の原姿を留めるものであることを再確認した。そのことは、清朝考証学の学者たちが『古文孝経孔氏伝』は日本での偽作と見なすことへの反証を提供した。また、今日『古文孝経孔氏伝』は太宰春台の校訂本が底本として広く使用されているが、今回漆紙文書および早期古抄本による調査から、劉炫本の日本に伝来した当初からの文字を、太宰春台が憶断により改訂したことを示しており、今後太宰春台の校訂がどのようなものであったか逐字再検討する必要があることが判明した。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究推進の方策は、いままで収集した漆紙文書や出土木簡の『論語』『孝経』に対して、次のように考えている。 1.『論語』については、経文の校勘を行い、経文がどの系統本のテキストであるか推定してゆく。奈良・平城宮二条大路から発掘された『論語』木簡に「何晏集解」とあることから、集解本を底本として校勘を行い、宋代以前の『論語』テキストの部分的推定復元を行いたい。 2,『孝経』については、漆紙文書の『古文孝経孔氏伝』と日本早期古抄本の経文・弘安国の伝との文字の対象により、劉炫本『古文孝経孔氏伝』の隋唐時期のテキストの推定復元を行う。その際、経文については『汗簡』所収の『古文孝経』の古文を校勘材料に加えて考察対象とし、日本に残存する劉炫本『古文孝経』が、同じ古文系統でも中国に流布した素絹本と系統の出自を異にすることを考証する予定である。 古文系統とされる『孝経』や古文今文混在テキストとされる『論語』を宋代の刊本以前の推定復元されたテキストを通じ、今古文問題について再考し、「古文」の定義問題に新しい解釈を加える予定である。さらには今古文問題が単純に文字の異同の問題であるのか、これを越す思想内容に関わる問題であるのかについても検討を行う。
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次年度の研究費の使用計画 |
該当なし
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