本研究は、儒教文献のより古い形態(テキスト・文字)により近づくことを目的として、従来、中国思想史研究者にはほとんど利用されていない奈良時代期の漆紙文書や日本出土木簡を利用し、六朝期儒教経典の実態の一斑を解明する観点から研究を行ってきた。漆紙文書、日本出土木簡や日本旧鈔本を校勘資料として利用するために、同時期の韓国出土木簡『論語』・平壌貞栢洞364号墳出土竹簡『論語』を利用し、漢代から六朝期にかけての儒教経典の変遷をたどることを企図した。本研究では、申請時には中国の学者の協力のもと北朝鮮に赴き竹簡の実見を予定していたが、両国関係の緊張状況のため訪問することができず、現在公表されている写真版に由るしかなかった。 本年度の研究は、 1.漆紙文書『古文孝経孔氏伝』と日本出土木簡『論語』、『論語集解』を中心に敦煌本、開成石経、日本旧鈔本など校勘作業を行ない、日本出土木簡『論語』テキストの持つ書誌学的体例を考察した。何晏『論語集解』については日本旧鈔本、敦煌出土本の体例とほぼ同じであり、奈良期の地方官衙にまで集解系統のテキストが浸透していたのではないかと推定できた。 2.漢代~六朝期の儒教経典の変遷をたどる上で重要な問題である、漢代経学の古文系・今文系のテキスト問題、解釈の対立について考究した。特に、漆紙文書『古文孝経孔氏伝』が持つ古文系(隷古定か?)とされる文字について検討を行った。具体的には、漆紙文書『古文孝経孔氏伝』中の古文とされる三文字について、従来いわれる「文字の異同」をめぐる問題であるか、漢代~宋代の今古文の解釈対立の結果であるかについて、検討した。
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