本年度は、昨年度までに引き続いて欧州における東洋美術の収集・収蔵・研究・記述などについて調査・資料収集を行うとともに、集積された資料をもとに、課題テーマの考究を行った。 期間全体の研究成果として、以下のことが明らかとなった。1.東洋の「書」作品は、欧州刊行の東洋美術紹介・概説書にあまり掲載されず、また欧州にはほとんど収蔵されていない。欧州では東洋書作品は受け入れられていないといえる。2.片や東洋の絵画作品が、無彩色のものでさえ欧州で比較的広汎に受け入れられていることからすれば、色彩性・造形性へ嗜好および理解の東西の相違が、欧州における「書」作品未受容の原因とは考えにくく、その主な原因は、「書」作品自体の文字内容および、作品を取り巻く文字文献とのつながりへの理解不足にあるといえる。現実に「書」作品は欧州では、文様の一種として展示されることが少なくない。3.作品単体でなく背後の文化的背景をも含めて鑑賞することが求められる東洋的観賞手法は、現今の日本人にとっても縁遠いものとなっており、これは欧米人の「書」作品理解の困難さと重なる事態である。4.しかしながら近時、デリダらによって提唱された周縁情報をも含めて芸術作品は理解・受容する必要があるという所謂「パレルゴン」対応型鑑賞法は、東洋の伝統的な鑑賞法に近いものであり、ある意味で、東洋芸術の先進性を物語っている。5.東洋の伝統的芸術としての書および、その鑑賞法は、その豊饒性を内に秘めたまま気づかれないでいる。東西文化の相違或いは時代錯誤的口伝えといったラベル貼りによる、ステレオタイプで曖昧な処理ではなく、書文化をはじめとする東洋芸術の理解手法を明確にし、その豊饒性を社会に訴求する余地と必要がある。
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