本研究は、これまで装飾性や世俗表現が強調されてきた近世初期の絵画、とりわけ障屏画(障壁画と屏風絵)において、新たに宗教的価値観の表出を見出そうと試みたものである。特に、背景表現における金の使用法に注目し、様式的な問題にとどまらない、主題上に果たすその役割について研究考察を進めた。 三年間にわたる研究において、のべ二百点程(うち最終年度約五十点)の作品について実見調査を行うことができた。初年度より、それらの作品を画題、表現手法などによって分類し、基礎的なデータを蓄積してきたが、前二年間の研究成果をふまえ、最終年度においては項目を整理したうえで、総体的な作品データベースを作成した。 その分析によって明らかとなったのは、近世絵画における宗教的価値観の半ば無意識的な表出である。風俗画や花鳥画は、それ自体が宗教的主題を表そうとしたものではないが、画面の至る所に、同時代の人々が感覚的に保持していた世界観や価値観が反映されており、その多くが仏教を中心とした宗教思想によって育まれたものであったと考えられるのである。 また、背景に金を用いることの第一義は、その空間が通常のものとは異なることを示す点にあったと言え、描かれた空間を理想的な世界として表すための演出だったと見なされる。特に、風俗画における総金地表現にはその傾向が顕著で、一種の聖性を帯びた空間として、仮想空間的な理想世界を表現しようとしたと考えられる。野外か室内かという設定が曖昧となるほどに、その空間は観念的なものであったと言えよう。 こうした表現がとられた背後には、人々の思考や行動を根源的なレベルから規定し、その感覚的規範を特徴付けた宗教思想の存在があったと考えられる。そして金地表現が流行した背景には、装飾性の志向にとどまらない、理想的世界の再構築といった側面が強く認められることが、本研究によって明らかになったと言える。
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