平成25年度は、24年度までの収集資料を整理する一方で、研究テーマ「亡命芸術家の文化的アイデンティティ再構築における包括的研究」をさらに展開させるため、米マサチューセッツ州ケンブリッジのハーバード大学で客員研究員として、亡命芸術家に関する調査を行った。アメリカでは、ハーバード大音楽学部の図書館、およびフートン資料館、ニューヨークのヴァイル=レーニヤ・リサーチセンターで資料収集した。大戦間期の状況を物語り、検証するために欠かせない豊富な一次資料にもあたることができた。 ただ、この展開は当初の研究計画では予想することができなかった。申請した2011年の段階では、亡命芸術家の研究は「ドイツを中心に」進めることができると考えていた。初年度はマインツのカバレット資料館などに趣き、様々な重要な関連資料を閲覧、収集することができた。しかしながら、当初考えていた芸術家たちの文化的アイデンティティの再構築を考えるうえでの要点と考えていた「伝統と交流」「受容と波及」「新しい美学の構築」のどの点に関しても、ドイツでの研究について限界にも直面した。つまり、亡命後の芸術家の動向や文化的、社会的な背景、環境の違いなどを論じるにあたり、ドイツで収集した個々の資料の背景を精査する必要性があり、そのためには、まさに亡命地アメリカにおける研究、資料収集が不可欠であることを痛感した。 その点において2013年8月からの半年間、ハーバード大学のキャロル・オジャ教授のもとで、ジャンル横断的なアメリカ音楽史の古典と新しい文献を比較して精読し、そのアイデンティティを議論するゼミナールに参加できたことは、今後のこの研究の展開を考えるうえでももっとも大きなことであった。研究成果の一部として、「アメリカで見た景色-クルト・ヴァイルの社会派音楽劇の軌跡」をまとめることができた(岩波書店『文学』 3、4月号、84-98頁)。
|