研究課題/領域番号 |
23652061
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
渡辺 美樹 名古屋大学, 国際言語文化研究科, 准教授 (90201235)
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キーワード | ファンタジー / ジャンル論 / 道化 |
研究概要 |
ファンタジーの支配的なテクストである『指輪物語』からファンタジーの要素を抽出して他の作品に及ぼした影響関係を考えるという方法は、ジャンルの定義およびその盛衰を知ることに貢献できる。ファンタジーというジャンルが生み出され『指輪物語』が人口に膾炙した歴史的経緯にはリン・カーターが関わっている。彼が『指輪物語』を支配的なテクストとして取り上げ、それに類似した作品の発掘を行い、さらにそのような作品を作家に書かせたから、現代文学の一ジャンルとしてファンタジーというジャンルが認識されるようになったのである。しかしながら、カーターが着目したのは善悪の対立する異世界である。登場人物は善と悪に区別されたに過ぎない。善でも悪でもある道化のもつ両義性からは、ファンタジーというジャンルを規定する必須条件が導き出されるのである。叙事詩の英雄として善を代表する登場人物とそれに敵対する人々からだけではファンタジーの物語世界は構成できないのである。善と悪を行き来できる道化的存在が必要とされるのである。それは読者を物語り世界に引きずり込む装置の役目をしているのであると言える。すなわち一群の文学作品は、「現実的な要素」と「空想的な要素」を併せ持つことで初めてファンタジーとなると考えられる。 バフチーンの叙事詩の考え方を援用すると、読者とファンタジーの物語世界の間には叙事詩的な距離が必要となる。絶対的な叙事詩的な距離によって物語世界と現実とは分断されているのである。この分断を生み出すために、『指輪物語』では、最初には「古い写本」の存在が語られ、最後に西方浄土にも似た空間に囲い込まれる不老不死の人々が語られる。このように『指輪物語』を軸にしてファンタジーの時空のもつ空想的な要素を構築する方法論を提案できる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
ファンタジー文学の支配的なテクストが『指輪物語』であるかどうかの検証を行う予定であったが、実際に他のテクストと比較するという形ではできなかった。よって、先行する三つのテクストとの比較によって、いかにして『指輪物語』が支配的なテクストとなりえたかを検証できなかったからである。しかしながら、理論的なジャンル論が今現実に存在している作品群をすべてカバーできるはずはない。むしろ理論構築の枠組みから外れていく作品が何であるのかを明瞭にすることで他のジャンルとの境界線を引くことができると思う。 異世界創造の中に道化が入り込む必然性や異世界を現実から遮断するファンタジーの方法として、牧歌様式がファンタジーに与えた影響を考える必要があったが、できていない状況にある。『指輪物語』の中では国民的叙事詩のないイギリスに対する悲嘆という形で牧歌様式が影響したのではないかと考えられるが、牧歌とファンタジーの境界線が定かではない。ファンタジーをファンタジーたらしめているものを抽出する必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
ファンタジーのジャンル論を展開する場合、異世界の時空間がどのように描かれているのかを手がかりにして論じられることが多い。しかしながら、その異世界を読者に知らしめる役割を負っているのは登場人物であるから、主人公に焦点をあてて、ジャンル論を構築することも可能だ。ロトマンの物語論によれば、主人公となる人物は二項対立概念をすり抜けるという特徴を持つ。そこで本稿では、『指輪物語』の中で視点人物として登場してくるホビット族が有する道化としての特徴がいかに他の作品に影響を与えていったのかを考察した結果、道化こそは、自らのうちに他者性を有するゆえに相反するものの境界を越境できる存在となり得るという点で、ファンタジー文学には不可欠の存在と結論づけられる。 叙事詩や牧歌の領域に近いものとしてファンタジーが構想されたことがわかった。バフチーンのいう叙事詩と『指輪物語』の違いは、主人公が、英雄である登場人物と道化である反主人公に二分されたことであると考える。 牧歌様式の特徴である「あるべきものがないという嘆き」は、現実世界にあきたらず異世界創造を行う作者が持つだけのものであるかどうかを明らかにすることでファンタジーのジャンルの特徴を考える。よって、作者を読者の一人としてみなしうることから、ファンタジーの読者論の中にその要素を取り入れることで、ファンタジーのより明確な定義を試みる。
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次年度の研究費の使用計画 |
文学テクストの中で想定されている読者がどのような役割を果たしているのかを考えるために使用したい。読者論を扱った書籍類を集める必要があるので、そのことに使用したい。
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