研究課題/領域番号 |
23652069
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研究機関 | 福井大学 |
研究代表者 |
松田 和之 福井大学, 教育地域科学部, 教授 (50239026)
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キーワード | コクトー / 教会美術 / オカルト / マグダラのマリア |
研究概要 |
本研究は、テクスト分析と図像解析の双方の観点より、しばしば興味本位にオカルト的な文脈で語られることがある晩年のジャン・コクトー(1889-1963)の宗教観を解き明かそうとする試みである。戯曲『バッカス』(1952)と日記群『定過去』(1951-1963)を主な対象とするテクスト分析(平成23年度)に続き、平成24年度は、本研究の要となるフランスとイギリスでのフィールドワークに取り組み、図像解析の基となるデータの収集を行った。 フランスとイギリスでは、コクトーが壁画やステンドグラス等の室内装飾を手がけた教会・礼拝堂をフィールドワークの主たる対象としたが、特に重点を置いて調査に当たったのが、ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』(2003)で取り上げられて一躍注目を集めることになったロンドンのノートルダム=ド=フランス教会である。 聖母マリアに題材を取った三面の壁画(1960)のうち、中央に配された磔刑図には観る者を当惑させる謎めいた図案が施されており、コクトーの宗教観の解明に繋がる重要なヒントがそこに隠されているように感じた。通路兼倉庫に無造作に放置されていた「Mの祭壇」も含めて、ダン・ブラウンの解釈に惑わされることなく、『定過去』中のこの教会に関する言及をも参照しながら、図像学的な観点から慎重にその意味を探ってゆく必要がある。 また渡欧の際には、コクトーの教会美術作品を収める教会・礼拝堂に加えて、各地の有名無名の大聖堂・教会等を巡り、黒いマリア像やマグダラのマリア像等の異端的な性格を孕んだ信仰対象物の有無について検証した。本来一神教であるはずのキリスト教だが、カトリックの場合、イエスや聖母マリア、使徒たちに加えて、しばしば地域性を感じさせる聖人・聖女が信仰の対象となっている事実を確認することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
フランスとイギリスにおけるフィールドワークでは、予期せぬトラブルに見舞われ、予定していたスケジュールを一部変更せざるを得なかった。コクトーが生涯の最後に手掛けた教会美術作品(1962-1963)を収めるフレジュスのノートルダム=ド=エルサレム礼拝堂(通称コクトー礼拝堂)を訪れることができなかったのは誤算だったが、4年前に科研費の助成を受けて行ったフィールドワークの際に得られたデータ、それにweb上で公開されている教会内部のパノラマ映像により、同礼拝堂のコクトーの壁画作品に関する必要最低限の情報は確保できるものと考えている。 平成23年度の課題であった「バッカス文書」を含む『定過去』の読解に平成24年度も引き続き取り組んだが、分量が厖大である上に話題が多岐に及ぶ日記群の内容を逐一正確に把握するのは容易なことではなく、作業に大きな進展は見られなかった。平成25年度もこの取り組みを継続することになるが、今後は、記された話題を取捨選択しながら、コクトーの宗教観が窺える記述に絞って読解を進めてゆく必要があるように思える。
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今後の研究の推進方策 |
平成23年度に行った文学作品研究と平成24年度に行った教会美術作品研究の成果を擦り合わせ、2年間にわたって継続してきた日記の記述内容の分析結果にも照らしながら、コクトーの宗教観の本質とその特徴に関する見解を取りまとめる。フランスとイギリスにおける現地調査で撮影した写真や映像等のデータは、主要な研究対象となる四つの教会・礼拝堂ごとにパソコン上で整理・編集し、図像学的な考察を行う際の基礎資料に充てたい。 カトリックの教会・礼拝堂内に描かれた図像に反カトリック的なイメージ、あるいはカトリックの教義になじまないイメージが認められるか否か、という点に検討の焦点が絞られるが、もしそうしたイメージが盛り込まれているとすれば、当然そこには何らかのカムフラージュが施されているはずであり、その辺りの見極めを先入観に囚われることなく的確に行う必要がある。 『ダ・ヴィンチ・コード』やその種本の数々、ひいては長い歴史を持つオカルト的な異端思想を学問的に扱うことの難しさは言を俟たないが、その際には、それを肯定するか否定するか、二者択一の判断を性急に下すのではなく、その背景と影響について慎重に考察をめぐらせることが肝心であると考える。本研究はコクトーの宗教観を直接的な研究対象とするものだが、その成果が、文学研究においてオカルト的な要素を取り扱う際に有効に働く方法論の開拓に繋がれば幸いである。
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次年度の研究費の使用計画 |
フィールドワークで得られたデータの整理・保存及び画像処理等に用いるコンピュータ・ソフト類、書類の整理・保管のために使用するファイル・ノート類、研究成果を形にする際に必要となるコピー用紙及び文房具の購入を予定している。設備備品については、機器類の購入は予定していないが、コクトー関連あるいは教会美術関連・キリスト教関連の図書を、必要に応じて購入したい。 平成24年度に渡欧した際に訪れることができなかったフレジュスのノートルダム=ド=エルサレム礼拝堂の壁画は、多くの不可解な図案が用いられている点、それに八角形をしたその得意な形状からも、コクトーの宗教観について考察を深める上で重要な鍵を握る作品であると考えられる。研究成果を取りまとめる過程でその必要性を感じた場合、残りの予算を外国旅費に充て、対象を同礼拝堂に絞った短期間のフィールドワークを実施することも検討したい。
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