本研究は、特許権の存在および権利行使が、市場での競争やイノヴェーション促進に対して大きな影響をもたらしうるものとして競争政策上重要な位置を占めることが昨今認識されているにもかかわらず、現行の法的構造上、特許権を付与する過程たる特許出願審査プロセスと競争政策との連携性が存しないことに着目し、特許出願審査プロセスに競争政策を指向した評価概念を織り込ませることで制度機能上の再構成をする理論的可能性につき追求を試みることを目的とする。具体的には、1)特許出願発明への権利付与に伴う市場競争への影響の調査を出願審査に反映させることの法理論的可能性、2)特許発明の「実施」行為に一律内容の排他的権利を設定せずに各種「実施」行為毎に付与する「権利の排他性」の調整の法理論的可能性、3)特許出願審査プロセスに上記2つの「発想」を導入することで期待される効果の理論的検証、を中心とした。 本研究の結論として、1)について、特許出願プロセスの法的性質上、特許出願発明への権利付与に伴う市場競争への影響の調査を付与前に行って出願審査に反映させること自体の理論的可能性は否定し得ないものの、既存の特許法上の特許要件とは異なる法的要件を立法論として考える必要が存すること、それに伴い特許庁における新たな調査審査の履行のために膨大な行政コストが発生しうることは不可避であること、が明らかとなった。2)について、アメリカ法の学説上も類似したアイディアを提示するものはみられるものの、有意な競争政策手段たりうるのかについて課題も多く、さらなる検討を要するとの見解を得た。3)について、技術進化のスピードの速い状況下で、出願審査段階での市場への影響を把握することは相当の困難が伴い、1)のような制度実現と運用に伴うコストと効果とのバランスの点で課題が残るとの結論を得た。もっとも、一層の研究は必要であるものと考えられる。
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