本年度(最終年度)は、がん患者をとりまくコミュニケーション事象において、特に「がん患者」の重要他者が直面する様々な「危機」とその重大性に着目し、その「危機的状況」の有り様とコミュニケーション事象との関わりについて研究した。具体的には、がん患者の重要他者が直面するコミュニケーションについてがん患者の重要他者に対して行ったインタビュー及び研究者自身の参与観察に基づき、彼らがそういった「危機的状況」に処するべく意調的にせよ無意識的にせよ実践している-或はしようとしている-種々の(がん患者を含む)関係他者に対してのコミュニケーション・ストラテジーを明らかにし、その背景や意味について考察した。その上で、コミュニケーションそのものが「危機」を誘発し増幅し顕在化するといった現象を浮き彫りにし、コミュニケーションが単に「危機」に対応するための手段ではなく、「危機」そのものを内在していることについて論じ、このことががん患者の重要他者のコミュニケーション体験において大きな意義を有することを明らかにした。 がんのような生命に関わり得る疾患に罹患することは、人生の「危機」に直面することに等しい、ということは定説となっている。ただし、がんという「疾患」が罹患した当人の健康や生命を脅かすだけでなく、がんという「病い」が「がん患者」となった者の経済基盤、社会性、人間関係、そしてアイデンティティをも脅かすといった側面についての知識と知見が蓄積されてきたのは近年のことであり、さらには、そういった「危機」が患者のみならずその周囲の者にも波及する、ということについての関心および研究はまだ非常に限られているというのが現状である。本研究の目的は、がん患者を従来「治療/ケアする対象」として(のみ)捉えるのでなく、がん患者が「社会生活者」でもあることに着目し、特定の個人的・社会的・文化的関係性や時空間においてがん患者以外の者と「共生している」存在であると捉え直し、がん患者とその周囲の者との間のコミュニケーションについて「異文化間コミュニケーション」の視座から考察することにあった。この目的を踏まえると、がん患者の重要他者もまたがん患者とともに「危機」を体験しており、がん患者を含む関係他者とのコミュニケーションにおいて様々な葛藤を抱きながら所々のストラテジーを実践しようとしている事象の有り様に光を当てたことは、有意義であったと考える。
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