平成25年度は、「交付申請書」の「研究実施計画」に記した通り、過去2年間の文献の踏査・分析を踏まえて、学会・研究会での発表と論文の執筆に力を注いだ。 まず、中国の近世から近代にかけての、兄弟的関係や性愛的関係といった横のつながりを重んじる志向ならびに反権力的・反家父長制的な志向の遍在について、「十兄弟」「百鳥衣」をはじめとする近世以降に民間で広く語り伝えられてきた皇帝を殺す物語を近世の社会秩序の変動と重ね合わせながら読み込むことによって明らかにし、論文「皇帝を殺す:中国における至高者を殺害する物語についての予備的研究」としてまとめた。 同時に、やはり性愛的関係への信頼と反権力的な志向をテーマとする、明末以降に中国を代表する物語に成長していった「白蛇伝」系統の物語をとりあげ、そこから長い中国の歴史のなかで発展していった愛をめぐる心性の本質的と思われる部分を明らかにした。具体的には、学会発表「蛇の中国文明史」では、古代から近世への長い時代の変遷のなかでの蛇とそこに投影された女をめぐる恐怖と魅惑のイメージに、研究会発表「「白蛇伝」とその周辺をめぐる解釈学的探求」では、明代以降の「白蛇伝」の変遷に、それぞれ重点をおいて詳細な分析を行った。さらに、論文「「白蛇伝」にみる近代の胎動」では、両発表を総合し民国期以降の映画や小説の変遷もふまえたうえで、中国における社会秩序や文化全般の変動と重ねあわせつつ日本との比較史的な観点もまじえることによって、「白蛇伝」の内容と変遷の分析からみえてくる心性の歴史についての研究成果を示した。 これらの最終年度に発表した一連の成果ならびに初年度に刊行した『愛の映画:香港からの贈りもの』とあわせて、愛情という他者を慈しむ感情が、中国社会の長く緩やかな発展のなかで表現され発展してきた、社会学的・文化史的な大きな流れを示すことができたと思われる。
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