研究課題/領域番号 |
23653188
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
松見 法男 広島大学, 教育学研究科(研究院), 教授 (40263652)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | 日本語 / 母語 / 第二言語 / 児童 / シャドーイング / コミュニケーション能力 / 教室指導 |
研究概要 |
本研究の目的は,母語および作動記憶の発達段階にある児童が,日本語の文章を一定期間,毎日シャドーイングすることにより,日本語での「聞く」「話す」を中心としたコミュニケーション能力を向上させることができるかどうかを,実証的に検討することである。同時に,児童におけるシャドーイングの認知メカニズムを調べ,成人学習者との共通点,相違点を明らかにして,その有効性を支える基礎理論の構築を目指す。 この目的に沿って平成23年度は,2つの実験授業を行った。 実験授業1では,母語としての日本語の運用能力が比較的低い小学校5年生の児童1名を対象とし,毎日特別の授業枠を設けて10か月間,国語と社会の教科書を教材とするシャドーイングおよびリスニング読みを導入した。その結果,文章の音読における流暢性が増すとともに,対話場面での発話力が向上することが明らかとなった。国語の授業(クラス単位)で実施される,未知の文章を材料とする読解テストでも,平均点以上の成績を得ることが多くなった。認知メカニズムの観点に立つと,聴覚呈示された日本語文のディクテーションテストの成績が向上したことから,音韻処理にかかわる短期記憶スパンが伸び,文を聞いたり話したりするときの音韻処理と意味処理の並行性(同時性)が高まったと解釈できる。 実験授業2では,日本語を第二言語とする小学校4年生の児童9名(日本語習熟度別に2グループを設定)を対象とし,毎日特別の授業枠を設けて6か月間,国語の教科書を教材とするシャドーイングを導入した。その結果,全体的に,読書力テスト,ディジットスパンテストの成績が向上し,音読と発話の両方において流暢性の評定値が高くなった。 実験授業1と2に共通して見られたことは,学校生活における日本語の運用について,児童自身が自信の程度を高めたことや,担任教師の評価が高くなったことがあげられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成23年度の当初の研究計画では,日本語のシャドーイングを取り入れた3つの実験授業が組まれていた。実際に行われたのは,そのうちの2つであったが,実施期間・内容の充実度を考慮するならば,探索的ではあるが,計画どおりの成果が得られたといえる。 具体的には,1つの実験授業について,実施期間を8週間に設定し,毎日15分の時間を設けて,月曜~金曜の5日間を1セットとし,週単位で1教材のシャドーイングを行う計画であった。しかし,研究に協力いただいた小学校の先生方のご厚意により,実施期間を実験授業1では10か月に,また実験授業2では6か月に設定でき,しかも月曜から金曜までの特別枠による授業時間を15分ではなく45分で活用させてもらうことも可能であった。さらに,事前・事後テストデザインに基づく効果の測定を基本としながらも,シャドーイング導入における形成的評価として,複数のテストを実施するとともに,参加児童の日本語運用能力の変容・向上について,担当教師や児童自身による内省報告を求めることができた。 本研究では,教育的配慮に基づき,児童の個人差に応じたシャドーイング効果の出方を測定するため,実験条件との比較となる統制条件や対照条件は設定しなかった。よって,実験授業の過程では,担当教師との打ち合わせを頻繁に行いつつ,児童のシャドーイングに対する動機づけ,意欲が低下しないように,一定の範囲内で条件設定に変化をもたせるができた。
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今後の研究の推進方策 |
平成24年度は,平成23年度の成果をふまえ,新たな探索的研究として実験授業3,4と実験1を行う。 実験授業3では,平成23年度の実験授業1の参加児童(小学校6年生)1名を対象とし,特別の授業枠を設けて,シャドーイングの有効性を縦断的かつ詳細に検討する。具体的には,国語,社会,理科の教科書から教材を選定し,その難易度を操作するとともに,シャドーイングとリスニング読み,音読,リピーティングとの効果的な組み合わせ方を検討する。3か月ごとに,言語能力と認知能力の両面から複数のテストを実施して効果を測定し,あわせて,他教科を含めた教室での指導場面において,シャドーイング効果としての日本語運用能力の向上が観察されるか否かを調べる。 実験1では,実験授業3の参加児童を対象とし,シャドーイング練習がテキストの音読・つぶやき読み・黙読に及ぼす効果を調べるため,視線追跡装置を用いて文章の読解過程を分析する。これにより,児童におけるシャドーイング認知メカニズムの一端が明らかとなる。また,シャドーイングが,音声ではなく文字を媒体としたときも,日本語コミュニケーション能力の育成に有効であるかどうかが解明できる。 実験授業4では,平成23年度の実験授業2の参加児童(小学校5年生)9名と,新たに,日本語を母語とする同学年の児童数十名を対象とし,シャドーイングの有効性を,教室活動を中心としたクラス単位,グループ単位で縦断的に検討する。事前・事後テストデザインに基づいて複数のテストを実施し,日本語のコミュニケーション能力のどのような側面に効果が表れるかを調べる。 実験授業3,4の具体的な手順は,実験授業1,2の手順をふまえ,それらを改善したものとする。 平成25年度は,平成23,24年度の研究成果をふまえ,児童におけるシャドーイング認知メカニズムを解明するための実験2,3を行う予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
実験1に関して,視線追跡装置などの設備備品は,平成23年度の研究費で購入済みであるが,実験プログラムなどのソフト面の充実を図るため,「次年度使用額」として26,842円を残した。これを含めて,平成24年度は300,000円の物品費(すべて消耗品費)を使用する計画である。実験プログラムソフト以外の購入品目としては,実験授業3,4において,児童の個別練習を可能にするための携帯型デジタルオーディオネットワークウォークマン(30台)や,音読・インタビュー時の音声録音用ICレコーダー(5台)などがある。 実験授業3,4および実験1については,研究代表者が,計画立案から遂行,結果分析および考察,研究成果の発表までを行うが,実験授業と実験の実施にあたっては,研究協力者として10名程度の実験助手(博士課程前期・後期在学の大学院生)の協力を得る。実験助手は,特に実験授業3,4において,小学校の担当教師とともに児童へのシャドーイング指導を行う。教育現場と緊密な連携を保ちながら実施される本研究では,旅費として調査・研究旅費,研究打合せ旅費に50,000円を使用し,さらに謝金として研究補助,専門的知識の提供に150,000円を使用する計画である。
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