研究課題/領域番号 |
23653188
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
松見 法男 広島大学, 教育学研究科(研究院), 教授 (40263652)
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キーワード | 日本語 / 母語 / 第二言語 / 児童 / シャドーイング / コミュニケーション能力 / 教室指導 |
研究概要 |
本研究の目的は,母語および作動記憶の発達段階にある児童が,日本語の文章を一定期間,シャドーイングすることにより,日本語での「聞く」「話す」を中心としたコミュニケーション能力を向上させることができるかどうかを,実証的に検討することである。併せて,児童におけるシャドーイングの認知メカニズムを調べ,その有効性を支える基礎理論の構築を目指す。 この目的に沿って,平成24年度は,1つの探索的実験(実験1)と2つの実験授業(前年度から継続した実験授業3,4)を行った。 実験1では,実験授業3のプレテストとして,児童が文章を音読する際の視線移動を分析した。その結果,児童では成人と比べて注視点が量的・質的に異なることがわかった。 実験授業3では,実験授業1と実験1に参加した児童(小学校6年生)1名を対象とし,特別の授業枠を設けて約10か月間,シャドーイングの有効性を検討した。国語,社会の教科書から文章を選定し,シャドーイングとリスニング読み,音読の効果を調べた。歴史の教科書を用いたセクションでは,漢字語彙の学習と文章の「読み」「書き」にも焦点をあてた。その結果,理解を伴った音読の流暢性が増し,読解テストで高い成績が見られた。文のディクテーション能力の向上は,音韻短期記憶スパンの伸びと,音韻・意味処理の並行性の促進を示唆する。先行リスニング読みの導入が,漢字の形態記憶を促進することもわかった。 実験授業4では,実験授業2と同じ児童(小学校5年生)9名を対象とし(習熟度別に2群を設定し),特別の授業枠を設けて約6か月間,国語の教科書を用いてシャドーイングの有効性を検討した。後半の3か月間は,全員に協同学習形式のシャドーイングを導入し,3名の児童について詳細に分析した。その結果,参加児童の音読の流暢性が増し,文の発話スパンが長くなることがわかった。文章のつぶやき読みが促進されることもわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成23年度の研究計画では,日本語のシャドーイングを取り入れた3つの実験授業が組まれていた。実際にはそのうちの2つが遂行されたが,実施期間および実施内容の充実度,特に得られた成果を考慮した場合,対象児童の日本語能力が予測以上に伸びたことから,実践研究として概ね計画どおりの達成度であると言える。 平成24年度の研究計画では,日本語文章の読みの過程を探る実験1と,日本語のシャドーイングを導入した実験授業3,4が組まれていた。実験授業3,4についてはほぼ計画どおりに遂行された。実験1については,当初,実験授業1および3に参加する児童1名を対象として,シャドーイング練習が文章の音読に及ぼす効果を調べるため,視線追跡装置を用いて読みの過程を分析する計画であった。実際には,実験1を実験授業3のプレテストとして位置づけ,日本語の運用能力が比較的低い児童の読み過程の特徴を明らかにするため,視線追跡装置を用いた探索的実験として遂行した。その結果は,実験授業3の指導計画立案に寄与し,シャドーイングにリスニング読みを加える指導法の有効性を検証することができた。実践研究に役立つ理論研究を開始できたことで,概ね計画どおりの達成度であると言える。 本研究では,研究者が学校教育の現場に出向いて,参与観察および学習指導を行いながらデータを取る点に特徴がある。教育的配慮に基づき,児童の個人差に応じたシャドーイングの有効性を検討するため,実験群に対する統制群や対照群は設定しない。これらの条件について,研究協力校の先生方は深い理解を示してくださり,あわせて本研究のこれまでの成果が,目に見えて児童の日本語能力の伸長に現れているので,実践研究として期待に添った進捗であると自己評価できる。
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今後の研究の推進方策 |
平成25年度は,本研究の完成年度として,これまでの結果を踏まえ,実験授業5と実験2を行い,研究成果の報告書を作成する。 実験授業5では,平成23年度の実験授業2および平成24年度の実験授業4の参加児童(小学校6年生)9名を対象とし,習熟度別に2群に分け,日本語のコミュニケーション能力に及ぼすシャドーイングの効果を検討する。中学校への準備段階の1年であることを考慮し,「聞く」「話す」能力に加えて,「読む」「書く」能力もコミュニケーション能力の構成要素として捉え,国語の教科書を用いた文章の読解と作文にも焦点をあてる。6か月間のシャドーイング遂行成績に関する縦断的データを取るとともに,事前・中間・事後テストデザインに沿って複数のテストを実施し,その成績推移を分析する。前年度に取り入れ,認知面だけでなく情緒面でも有効性が確認された協同学習形式によるシャドーイング,すなわち,児童がペアを組み,互いにシャドーイングの教師役と児童役を交互に行う学習形態を新たに採用する。これにより,他者に聞かせる(シャドーイングさせる)意識をもった音読が可能となり,理解を伴った音読能力が促進されるであろう。 実験2では,実験授業5の参加児童9名を対象とし,事前・中間・事後テストの時点で,視線追跡装置を用いて,文章の音読,つぶやき読み,黙読の過程をオンライン的に調べることを目的とする。シャドーイングやリスニング読み,協同学習形式によるシャドーイングの有効性を,言語テスト,認知テストの成績と照合しながら検討することが可能となる。さらに視線移動の様相を,成人の日本語母語話者および日本語学習者の視線移動の様相と比較することによって,児童におけるシャドーイング認知メカニズムの一端が明らかとなり,シャドーイングが音声だけでなく文字を媒体とした日本語コミュニケーション能力の育成にも有効であるかどうかが解明できる。
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次年度の研究費の使用計画 |
「次年度使用額」689円は,4月からすぐに始まる実験授業5に使う文房具類を購入するための予算として残した。これを含めて,平成25年度は300,000円の物品費を使用する計画である。その内訳は,視線追跡装置の実験プログラム用ソフト,携帯型MP3(10台)などの購入である。 実験2および実験授業5の遂行にあたり,研究協力者として5名程度の実験助手(大学院生)をお願いする予定であり,その謝金として150,000円を使用する計画である。また,小学校に赴き,教育現場と密接な連携をとるため,旅費(調査・研究旅費,研究打合せ旅費)として50,000円を使用する計画である。
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