本研究の目的は,母語および作動記憶の発達段階にある児童が,日本語の文章を一定期間シャドーイングすることにより,日本語での「聞く」「話す」を中心としたコミュニケーション能力を向上させることができるかどうかを,実証的に検討することである。同時に,児童におけるシャドーイングの認知メカニズムを調べ,成人学習者との共通点,相違点を明らかにして,その有効性を支える基礎理論の構築を目指す。 最終年度(平成25年度)は,前年度までの成果をふまえ,児童が獲得すべきコミュニケーション能力として最も難しい「書く力」の育成に関して,シャドーイング実践の有効性を検討した(実験授業5)。日本生育外国人児童を対象とし,テキストシャドーイングによる文章情報の入力から筆記産出までの間に文リハーサルの保証時間を設ける「記憶を伴う視写活動」を導入して,その効果を,日本語の取り出し授業で20週間に渡り縦断的に検証した。事前・中間・事後デザインを用いて複数の課題とテストを実施し,成績推移を調べた。作文テストでは,個人差に応じた変化が量と質の両面で観察された。一度に処理できる言語情報量が少ない児童では,「記憶を伴う視写活動」が「書く力」の育成に有効であると考えられる。 本研究では,平成23,24年度に,母語としての日本語運用能力が低い児童を対象としたシャドーイングの実験授業1,2および文章音読時の視線解析の実験1を行い,さらに日本語を第二言語とする児童を対象としたシャドーイングの実験授業3,4を行った。 研究全体を通じた総合考察として,児童が国語や社会の教科書で一定期間,日本語の文章をシャドーイングし,ディクテーションならびに視写を行うことは,音韻的短期記憶容量や文の発話・視写スパンを増大させ,理解を伴う音読の流暢性と対話場面での発話力を向上させるとともに,シャドーイング時の音韻・意味処理の並行性を促進すると言える。
|