研究課題/領域番号 |
23654051
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
堤 誉志雄 京都大学, 理学(系)研究科(研究院), 教授 (10180027)
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キーワード | 非線形分散型方程式 / Gibbs測度 / 不変測度 / Falkモデル方程式 / 初期値問題の可解性 |
研究概要 |
不変測度は,非線形発展方程式の解の漸近挙動に関し,重要な情報を与えてくれることはよく知られている.(たとえば,ポアンカレの再帰定理を適用すると,ある意味での回の再帰性が得られる.)しかし,ハミルトン系の場合,もっとも自然な不変測度であるGibbs測度は,無限次元においてはエネルギー空間より広い函数空間上に台を持つ.従って,Gibbs測度を構成するためには,まずその台空間での初期値問題の時間大域的可解性を証明する必要があった.Bourgainは1993年に,ある種のハミルトン系に対しては,Gibbs測度の構成と大域解の存在証明を同時に実行する方法を提唱した.これは従来の手法と異なり,時間大域的可解性が知られていない無限次元ハミルトン系に対しては,Gibbs測度の構成だけでなく,Gibbs測度の台空間における時間大域的可解性も与えるという点で画期的なものであった.しかし,Gibbs測度は滑らかな解(たとえば,エネルギー空間の解)全体の集合は測度ゼロとなり,滑らかな解の情報を含んでいない可能性がある.それに対して,Kuksinは2000年に,ある種の無限次元ハミルトン系に対し,粘性項と加法的ノイズを付加し,ある割合で粘性項と加法的ノイズが消滅する極限を考えることにより,Gibbs測度とは異なる不変測度の構成方法を提唱した.Kuksinの不変測度が真に有用な情報を含んでいるかどうかは,いまだ未解決である.平成24年度は,形状記憶合金のモデル方程式であるFalk方程式に対し,Bourgain流のGibbs測度とKuksin流の不変測度の構成を試みた.特に,Falk方程式は,時間に関する2階の方程式であるため,BourgainやKuksinが扱った時間に関する1階の方程式との相違を調べ,Kuksin流の方法は,時間2階の方程式に対しては未解明の事柄が多いことが分かった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究の目的の達成度は,平成23年度,24年度の2年間が終了して全体の3分の2程度であり,最終年度の25年度の研究により,ほぼ所期の目的を達成できるものと考える.初年度に提出した交付申請書には,Paley-Zygmund理論と非線形分散型方程式の分散評価を組み合わせる手法の開発を,目標として掲げた.しかし,平成23年度および24年度の研究により,必ずしもPaley-Zygmund型の理論を用いなくても,確率効果と分散効果の融合が可能であることが分かってきた.(ただし,これらも広い意味では,Paley-Zygmund型の理論と呼べるかもしれない.)平成23年度には,ホワイトノイズを分散係数として持つ非線形シュレディンガー方程式に対しては,確率項による解の正則化効果を明らかにした.また平成24年度は,Kukshin (2000) およびKukshin-Shirikyan (2004) による,ハミルトン系に粘性項と加法的ノイズを付加し,ある一定の割合で粘性項と加法的ノイズの消滅極限を考えることにより,不変測度を構成するという手法について研究した.この手法は,別の方向からの,確率効果による平滑化を示唆しており極めて興味深い.ノイズによる正則化 (regularization by noise) は,イタリアのFlandoliのグループによって盛んに研究されてきたが,これらの選考結果は主に初期値問題の解の一意性に関するものであり,実際に正則性が増すと言う結果はほとんど報告されておらず,将来的に有望な研究分野であろう.
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今後の研究の推進方策 |
最終年度の25年度は,初年度の交付申請書に書いたPaley-Zygmund理論を追求するのではなく,新しいタイプのノイズによる正則化原理を解明することを目指す.具体的には,平成23年度の研究により明らかになった,ホワイトノイズを分散係数として持つ非線形シュレディンガー方程式の正則化現象,および平成24年度の研究により示唆された,KukushinやKukushin-Shiriyakinの先行論文に見られる正則化現象は,ノイズによる正則化の新しい研究方向を示している.特に,KukshinとKukushin-Shiriyakinの先行論文による正則化は,従来の偏微分方程式論でよく使われてきた放物型正則化 (parabolic regularization) とノイズによる正則化を組み合わせるという,従来なかった斬新的な手法である.しかし,KukshinとKukushin-Shiriyakin流の不変測度は,その台がどのようなものか不明確である.特に,滑らかな定常解のみから,台がなっている可能性を否定できない(この場合,この不変測度はエルゴード性などの性質を持たず,あまり興味深いものではなくなってしまう).そこで,以下の二つの研究目標は重要である.(1)ノイズによる正則化のメカニズムの解明する.(2)KukshinおよびKukshin-Shirikyanによる不変測度構成法を様々な非線形発展方程式に応用しケーススタディを積み重ねることにより,不変測度の性質の解明に近づく.
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度使用分B - A = 183,893円と次年度請求分800,000円について,次のように使用する予定である. 研究資料を収集するため,関連する分野の書籍を購入する.また,資料整理を大学院生に依頼するため,謝金を支払う.さらに以下のように,海外研究者を招へいするとともに,研究代表者が国内出張および海外出張する. (1)フランスから海外研究協力者であるAnne de Bouard氏を京都に2週間程度招へいし,不変測度とノイズによる正則化現象について,研究打ち合わせをする. (2)研究代表者は,確率論の専門家が多数いる東北大学理学研究科,東京大学数理科学研究科,九州大学数理学研究科に国内出張し,研究打ち合わせをする. (3)研究代表者は,最近確率論分野での成長が著しい中国北京大学(北京)と復旦大学(上海)を訪問し,研究打ち合わせをする.
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