本研究は、微細構造技術を用いて作製した半導体ナノスケール構造の中に質量ゼロのディラック電子系を実現することを目的とするものである。具体的にはGaAs/AlGaAs界面の2次元電子系に3角格子型変調ポテンシャルを導入してバンド再構成を起こし、ディラック・コーン分散を持つミニバンド構造を実現しようとした。S. Louieらが理論的に提案したアンチドット構造では微細ポテンシャル構造の導入が困難なため、Albrechtらが磁場中ブロッホ電子系のHofstadter準位の観測に用いた変調ゲート構造を採用した。この場合、基板表面の変調ゲート電極から2次元電子系までの距離が離れるほど変調振幅が減衰してしまうため、浅い位置に2次元電子系が存在する高移動度基板が必要になる。そこで浅チャネルGaAs/AlGaAsヘテロ接合(HEMT)基板を分子線エピタキシー法で成長し、最終的に従来の半分の深さ(50nm)深さで低温移動度 2×105 cm2/Vs 程度の基板を得た。この基板上に膜厚50nmの電子線レジスト(ZEP)を塗布して、60nm周期の正方格子パターンを電子線描画装置で形成し、金薄膜で覆い変調ゲート電極とした。この試料について希釈冷凍機温度で磁気抵抗測定を行ったところ、周期的変調によるバンド再構成を示す信号(Hofstadter準位の微細構造)は得られなかった。変調ゲート電極のSEM観察を行ったところパターンの乱れが大きいことがわかり、周期的変調によるバンド再構成がぼけてしまっていると推測された。実際に3角格子パターンでディラック電子系を実現するためには、乱れの局限が実験技術上の課題となることがわかった。
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