ある時間間隔で平均されたカレントは、その時間間隔がカレントの相関時間に比べて十分に長い場合、ほぼ確定的にある値をとる。そこからのずれ(ゆらぎ)が生じることはめったにない。そのようなまれな事象が従う確率分布は、大偏差原理に従い、大偏差関数によって特徴づけられる。数学的に美しく定式化されているが、まれにしか生じないゆらぎの性質なので、その物理的意味は確立していなかった。ところで、近年の非平衡統計力学の発展によると、大偏差関数の対称性が明らかになるほど、自然法則との関わりも示唆されてきた。そこで本研究課題では、この大偏差関数を実験により操作的に決定することを目標とした。 この際、鍵となるのは、熱力学とゆらぎの関係である。平衡条件下のゆらぎについては、まれなゆらぎが従う大偏差関数が実験で決めることができる熱力学関数と一致することが知られている。これと同様な関係を「時間平均されたカレントの大偏差関数」についても見出そうとする。 研究の結果、マルコフ確率過程として記述される広いクラスの模型に対して、新しいタイプの変分原理が存在することを示した。この変分原理は、実験を行う操作者が制御可能な形でかけている。つまり、大偏差関数そのものをゆらぎの測定することなく実験で決めることができる。さらに、そこで見出された数理的構造を生かして、これまで計算できなかった量についても計算できるようになってきた。この成果については、国際会議の招待講演で2度発表している。 また、ミクロなレベルで大偏差関数を考え、それに対して粗視化を実行することは(私たちの変分原理を使えば)流体極限を計算するよりはずっと簡単であることが分かりつつある。この計算を具体的に実行することで、これまでに議論できなかった流体極限についての知見を得ることができる。現在、この研究成果をまとめている。
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