低温の氷および圧縮氷に対して核を量子化した経路積分分子動力学(PIMD)計算を行い、その状態を調べた。水分子間力および分子内力にSPC/F2型ポテンシャルを設定し、氷に対する定温定圧型プログラムを開発したが、この実行では計算時間が多大になることがわかったため、定温定積型PIMD計算を10Kおよび 77Kにおいて行い、V-T面上での固体の状態を俯瞰的に調べた。 77Kにおいては氷Icを初期配置とした場合その結晶構造は17.3~25.7cm3mol-1の範囲で保たれ、さらに高密度の16.2~9.84cm3mol-1では高密度アモルファス状態(HDA)となった。他方、古典極限の計算では氷Icの構造を保つのは17.3~22.5cm3mol-1というより狭い範囲であり。核の波動性が立方晶氷を保つ密度範囲の広がりの原因になっていることが明らかになった。 低温の10Kでは氷Icが存在できる密度範囲は77Kより広いことがわかったが、この温度での古典極限では氷Icを保つ密度範囲は逆に77Kよりも狭いことがわかり、核の零点振動による空間分布の広がりが立方晶の保持の鍵になっているという結論が得られた。10KでのHDAは13.8cm3mol-1以下の高密度でしか現れず、温度の低下による立方晶型の安定化と引き換えであることがわかった。 10 Kの量子化された氷Icでは密度が大きくなるにつれ、水素原子は隣接する2個の酸素原子の中点付近に存在する分布確率がゼロでなくなり、より増大することがわかった。さらに圧縮されたHDA状態ではさらにその確率は増え最大0.7 %に達した。古典極限ではこの分布確率はゼロであった。これらの解析により、低い確率ではあるがポテンシャルエネルギー的には不利になる位置に水素原子が存在するという広義のトンネル現象が低温の氷やHDA中で起こっていることが示された。
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