本研究課題では、4年間の研究期間の中で多重水素移動反応を代表例に取り、量子論に基づく新しい化学反応理論の構築に関する基礎研究を行なった。このような方向性の研究は全く新しい試みだったため、直接的に参考となる研究例や数値データ等はほとんど存在しなかった。そのため研究全般において、申請者自らいろいろな分子系で精密な数値計算を繰り返しながら研究を進めた。 4年間での研究内容は、基礎理論の開発、コンピューターコードの開発、開発した方法論のテストとデータ収集のための大規模数値計算等、多岐に渡った。これらは、おおよそ以下のように分類される。なおこれらの成果の一部はすでに学会発表等で公表した。 (1) 化学反応におけるポテンシャルエネルギー曲面の記述とモデル化に関する方法論の研究 (2)多次元の量子ダイナミックスの手法を用いた酢酸・メタノール錯体や7アザインドール・水錯体等の生体関連モデルの多重重水素移動反応の反応メカニズムに関する数値計算 (3)ギ酸二量体やトロポロン二量体等の電子励起状態の振る舞いとそれらが水素移動反応に及ぼす影響についての研究 (4)DNA塩基対を例とした複数個の電子状態が状態交差や非断熱遷移で関与する多重水素移動反応の研究 (5)フッ化水素ネットワーク等の複数個の水素結合を有する分子系の分子構造と水素結合の結合様式の研究 最終年度は、これらの研究を統括しつつ当初の研究目的である新しい化学反応理論の構築の完成を目指した。しかしながらこの研究課題は大変に難しく、また個々の数値計算にも時間を必要としたため、現時点では完成には至っていない。しかしながら、例えば量子ダイナミックスを用いた種々も分子系の計算結果だけでもそれぞれが最先端の理論計算であり、今後この研究の完成に向けて非常に価値のある結果が得られたと判断している。
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