シクロファンは、複数の環が“入れ子“構造を成す多環式化合物の総称である。この種の化合物は通常の環式化合物とは異なるユニークな特徴を有するため、これまでに多くの合成・構造有機化学者の研究対象とされてきた。中でも、架橋鎖の配座規制に帰因する面性不斉の存在は、この種の化合物の特異性を示す特徴の一つであり、従来にない特異な不斉空間を提供する構造単位として注目されている。しかし一般に、キラルなシクロファンを、光学分割に頼らずに光学活性体として得ることは難しく、このことが周辺科学の進展を大きく妨げている。そこで本研究では、これまでにない効率的な立体選択的合成法の開発を目的とし、またそれらを活かして様々な機能性シクロファンを創出することを目的にその合成研究を行った。本年度の研究においては、まず光学活性なC2対称シクロファンの合成に不可欠な光学活性ビニルスルホキシドユニットの合成方法を全面的に改良し、合成全体の効率化を図った。これにより、従来、高価なアセチレン誘導体を出発化合物とし、5工程を要していた合成法を、より安価なシクロペンテンから、僅か2工程のみで調製できる効率的な合成経路に改めることができた。さらに、前年度までの検討により確立した方法に従い、合成した側鎖から[12]パラシクロファン誘導体を合成した後、保護基の除去および主骨格となるベンゼン環上の2つのフェノール性水酸基のトリフラート化を行い、対応するビストリフラートへ導いた。そしてこれと様々なアリールホウ酸とを、鈴木ー宮浦法により反応させたところ、対応するポリフェニレン誘導体を収率よく得ることができた。さらに、この方法を繰り返し行うことにより、シクロファンユニットを3つ含む、ペンタフェニレン誘導体を合成することに成功した。この化合物の安定配座を分子力場計算を用いて求めたところ、一方向へねじれたらせん構造をとっていることが分った。
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