本研究では、不斉中心を含まない有機物と金属イオンの組み合わせにより生成する金属錯体を用いて、エナンチオ選択的に結晶が析出する完全自然分晶を現象論的に確立し、その際のキラリティーの発現および制御機構を明らかにすることをめざしている。前年度に引き続き今年度も、完全自然分晶を示す新たな金属錯体結晶の探索と、様々な条件下で析出する結晶の解析を基に実験研究を行った。 まず、化合物の結晶が完全または全自然分晶を示すことを、粉末X線回折測定、単結晶X線構造解析、KBrディスク法を用いた固体透過CDスペクトルの測定により実験的に確認する方法を確立した。ついで、三脚型シッフ塩基配位子を含む遷移金属―ランタノイド―遷移金属型三核錯体について、様々な遷移金属イオン、ランタニドイオン、対アニオン、再結晶溶媒の組合せを検討し、完全自然分晶を起こすためには溶媒の選択が重要であることを見いだした。この三核錯体の場合には、メタノールから結晶化を行った場合にのみ完全自然分晶が発現した。生成した結晶には結晶溶媒としてメタノールが取り込まれていたが、同様に結晶を構成している対アニオンは影響を与えなかった。さらに、共存する光学活性不純物や結晶化に用いる容器の影響、回転磁場下および可視光照射下での結晶化も検討したが、これらはいずれも完全自然分晶の発現にも、生成するエナンチオマ―の選択性にも明らかな影響を与えなかった。 完全自然分晶を発現する新たな金属錯体の探索については、イミダゾール置換基を有する三脚型シッフ塩基配位子を用いた単核マンガン(II)、鉄(II)、コバルト(II)、亜鉛(II)錯体が、いずれも完全自然分晶を発現することを実験的に見いだした。この発見は、単核錯体でも、また配位子場による安定化が予想される鉄(II)およびコバルト(II)錯体でも完全自然分晶が発現していることから、今後の研究に対して意義深い。
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