研究課題/領域番号 |
23655151
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
山本 泰彦 筑波大学, 数理物質系, 教授 (00191453)
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研究分担者 |
太 虎林 筑波大学, 数理物質系, 研究員 (40512554)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | ヘムタンパク質 / ヘム電子構造 / 計算化学 / NMR / 機能解析 / π-π相互作用 / タンパク質の高次構造 / マリケン電荷 |
研究概要 |
本研究では、酸素運搬ヘムタンパク質ヘモグロビン(Hb)の協同的酸素結合の分子機構を、ヘムのポルフィリン環π電子と側鎖ビニル基π電子のπ-π相互作用がヘムの電子構造に及ぼす影響に基づいて解明する。本研究は、酸素貯蔵ヘムタンパク質ミオグロビンの酸素親和性と外部配位子の識別はいずれも補欠分子族ヘムの電子構造によって調節されることを実証した私共の研究成果(Shibata et al., JACS (2010))に基づいて実施されている。 まず、密度汎関数法(計算法と基底関数:rB3LYP/6-31G(d))により、ヘムのポルフィリン環に対する側鎖ビニル基のコンフォメーションとヘム鉄原子の電子密度の関係を解析した。モデル分子のビニル基のコンフォメーションを系統的に変化させた構造について、ヘム鉄原子の電子密度の指標となるマリケン電荷を計算した結果、予想通り、ヘム鉄原子の電子密度は、ビニル基がポルフィリン環に対して直交する場合に最大、そして、ポルフィリン環と同一平面の場合に最小であることが明らかになった。さらに、ビニル基のコンフォメーションに依存するヘム鉄原子の電子密度の変化は、トリフルオロメチル(CF3)基1つを導入した程度であることも明らかとなった。したがって、私共の研究成果を考慮すると、Hbの酸素親和性は、ヘムと側鎖ビニル基のπ-π相互作用を通して、約3倍変化することが明らかとなった。予備的な実験結果では、CF3基を側鎖にもつ化学修飾ヘムをHbに組み込んだタンパク質の酸素親和性は、予想通り低下することが示された。さらに、ビニル基を除去したヘムをHbに組み込んだ場合には、酸素結合反応における協同性が低下することも示された。このように、本研究により、Hbの生物学的機能を化学的相互作用に基づいて理解するための重要な成果が得られている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究実績の概要に記載されている通り、ヘム電子論によるヘモグロビン(Hb)の協同的酸素結合機能の解明に役立つ成果が得られている。ヘム側鎖のビニル基のコンフォメーションの影響に依存するヘム鉄原子の電子密度の変化は最大トリフルオロメチル(CF3)基1つを導入した程度の大きさであることが明らかになり、本研究の遂行に極めて重要な知見が得られた。また、CF3基を導入しヘムのπ電子密度を系統的に変えたヘムおよびそれらヘムのCF3基のみがメチル(CH3)基に置換されたヘムを組み込んだHbの調製に成功すると共に、酸素親和性や酸素結合の際の協同性を計測することにも成功した。試料調製の成功により、CF3基、CH3基の有無で、それぞれ対応する一組のヘムに関して、CF3基からCH3基への置換(または、その逆の置換)が、Hbの機能と構造に及ぼす影響を詳細に解析する準備ができたと言える。さらに、機能計測の結果として、当初の予想通り、ヘムの側鎖ビニル基の除去により、酸素親和性および協同性も共に低下する結果が得られた。また、Hb四量体におけるα、βの各サブユニットの機能を区別して計測する手法も確立した(Sato et al. Bull. Chem. Soc. Jpn. (2012))。これらのことから、本研究はおおむね順調に進展していると判断する。今後の研究により、Hbの機能を化学的相互作用に基づいて解明する予定である。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度と同様の手法により、ポルフィリン環π電子と側鎖ビニル基π電子のπ-π相互作用がヘムの電子構造が及ぼす影響を、ヘム近傍の極性環境を考慮して見積もる予定である。これにより、タンパク質分子内部でのヘム側鎖ビニル基のコンフォメーションの変化がヘムの電子構造に与える影響をより一層詳細に評価できると考えている。次に、調製済みのトリフルオロメチル(CF3)基を導入しヘムのπ電子密度を系統的に変えたヘムおよびそれらヘムのCF3のみがメチル(CH3)基に置換されたヘムを組み込んだヘモグロビン(Hb)におけるヘム鉄原子の電子密度を酸化型Hbにおける酸塩基平衡の平衡定数を指標として評価し、それらHbのヘム鉄原子の電子密度と機能との相関関係を明らかにする予定である。また、種々の化学修飾ヘムを組み込んだHbおよびミオグロビンの立体構造をX線とNMRにより解析し、ヘム側鎖の置換が立体化学的要因により、タンパク質内部でのヘムとタンパク質との相互作用に与える影響を明らかにする。さらに、得られた知見に基づいて、Hbの協同的酸素結合に大幅な影響を与えそうな化学修飾ヘムを設計してHbに導入し、同様な実験を行うことにより、Hb機能の電子論的解明に有用な知見の獲得につなげる。そして、Hbのα、βサブユニットにおけるヘムとタンパク質との相互作用およびヘム鉄原子の電子密度とHbの機能との関係を解析し、ヘム電子構造とヘムタンパク質の機能との関係の解明に役立つ成果を得ると共に、ヘム電子論によるHbの協同的酸素結合機能の解明を目指す。
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次年度の研究費の使用計画 |
トリフルオロメチル(CF3)基を側鎖として導入したヘムなど一連の化学修飾ヘムを組み込んだヘモグロビン(Hb)におけるヘムとタンパク質の相互作用やヘムの電子構造をNMRにより解析するため、当初、NMR分光器使用料として850千円(850時間)を計上していたが、NMR測定用微量試料セルの使用、NMR測定法の最適化などにより、NMR分光器使用料時間を大幅に短縮させることができたと共に、調製するHb試料の量も大幅に減少させることができたことから、約577千円の次年度使用助成金が生じた。当該研究課題申請時点での次年度研究経費総額は1,400千円であったので、次年度使用助成金約577千円と次年度交付予定助成金800千円の合計金額に相当するため、計画通りの研究が実施できると考えている。 一方、次年度にも今年度同様にNMR分光器使用料時間を短縮させることができる可能性があると考えられることから、余剰金が生じることが見込まれる場合には、Hbのヘムの電子構造をより高感度かつ高精度で解析するためのNMR測定を実施するか、新規なヘムをHbに組み込む試料調製実験を追加するなどして、当該研究の目的を最大限かつ確実に遂行する予定である。 なお、研究経費の主要な使途としては、NMR分光器使用料(400千円)、旅費(200千円)以外は、タンパク質試料の調製および精製のためのカラム充填剤、試薬、ガラス器具などの購入に充てる予定である。
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