研究課題/領域番号 |
23656033
|
研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
齋藤 彰 大阪大学, 工学(系)研究科(研究院), 准教授 (90294024)
|
キーワード | 走査プローブ顕微鏡 / 放射光 / X線 / 元素分析 / 金属 / 有機分子 / 内殻励起 / 元素選択 |
研究概要 |
本研究の目的はSTMの最大の弱点を克服すること、つまり元素分析STMの実現である。STMは原子分解能をもつ汎用分析法だが、「浅い電子準位に依拠」するため、元素分析には致命的な難点がある。そこで内殻情報を付与、つまり特定波長・単色の高輝度X線をSTM観察点に入射し、内殻励起後のトンネル電流変化から試料の組成・状態を原子分解能で分析することが主眼である。特に本課題では、金属内包有機分子の元素選択的な分析の足がかりを得ることが目標である。このためまず知っておくべきは、金属自体の元素コントラストがどう見えるか、である。そこで前提として、金属基板上のコントラスト取得を初年度から行ってきた。なぜなら従来ずっと同じ目的で行ってきた半導体基板と異なり、金属では表面光起電力(SPV)もなく、励起寿命が短く、バンド局在も小さいためコントラストが著しく出難いと予想されるからである。初年度より一連の試みでは、有機分子に先立つテスト系としてAu(111) 清浄表面-Coナノアイランドの試料分析を試みてきた。初年度のポジティブな知見(Au上でもCoコントラストが得られること。その基本的な諸特性の知見)に基づき、当該年度は金属コントラストの様々な挙動を精査した。ただし、元素コントラストの得られる条件が限られ、不安定であり、かつCoの走査損傷が大きいこと、は困難な壁として残った。その状況下で、当該年度の成果は、入射光の輝度、およびエネルギーに対して、元素コントラストの依存性が、ある程度の再現性と共に得られたことである。またその再現性を得るための解析法の工夫にも大きな進展があった。それらを支える光源安定性の技術にも、極めて大きな進展があった。こうした一連の結果は今後に向けて、重要な布石となった。特に入射光パラメータに対するコントラスト依存性は、コントラスト原理を知る上で不可欠なヒントである。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本課題は、萌芽的な内容であり挑戦も含むため、段階的な準備がいくつか必要である。まず前提として、当初は長らく半導体でのみ行われてきた「放射光STMによる元素分析」について、初めて金属基板への適用を試みた。その結果、当初に懸念が多かった「金属の元素コントラスト」について、実績欄のとおりポジティブな結果が得られた。この事実は初年度も部分的には(極めて不安定ながら)得られていたが、当該年度で再現性が得られ、さらに一歩突っ込んだ「金属コントラストの光源パラメータ依存性」が得られた。金属基板上の異種金属でもコントラストが得られることで本手法の一般性が保証され、かつ、金属内包分子への展開にとっても重要かつポジティブな前提が得られた(ただし同時に、コントラストの不安定性を始め、実績欄で述べた種々の困難も浮き彫りになった)。また、本手法の「金属元素コントラスト」解析では解析法に新たなノウハウが得られ(サンプリングの基準設定)、次のステップへの重要な布石が得られた。最終年度では最終段階の挑戦的な試みを行うが、その準備として有益であった。理想的には、次段階の試みいくつかを行いたかったが、それらは限られたマシンタイムという事情もあり、最終年度に行う。具体的には、金属そのものから発展し、実際の金属内包分子による元素コントラスト取得(このための試料作製ノウハウは当該年度に構築している)、また、そのための光源の工夫(ノイズ減のための工夫)である。本来、光源の関連では集光系の立上げを行いたかったが、その途上で、ベースにあるSTM装置の試料・探針回りにメンテナンス事項が非常に多く、その事情が物品費の使用量に現れている。ただし、これらは遅速には関係するが本質的な問題ではなく、むしろ上記の「金属のコントラスト取得」での大きな進展、および光源における大きな技術的進展(安定性)、が本質的である。
|
今後の研究の推進方策 |
金属原子自体の元素コントラスト分析は本課題の基本となるため、その原理は可能な限り明確にしておく必要がある。その後(全体計画の進捗とのバランスによるが)早々に、課題の最終目標である金属内包分子の元素識別を行う。本計画では、内殻励起による放出電子を捉えるのでなく、内殻励起に続くフェルミ準位近傍の状態変化を、トンネル電流変化としてとらえる点に特徴があるが、本測定原理は無機・有機を問わず共通であり、現状の土台から有機系へ展開ができる。まず、金属内包分子での放射光によるコントラストのFeasibility Studyを行う(このための試料作製ノウハウはすでに昨年度に蓄積している)。この段階では、従来と同様の測定システムを用いて元素コントラスト取得を試みる。同時に、光源の工夫として集光を行うのでなく、集光は現状の集光技術を以て臨む。理由は、1)集光の目的はS/N比増(シグナル増とノイズ減)であるが、昨年度の光源系の技術的な進展(Mostabの導入)により光源安定性が飛躍的に向上したこと(その分S/Nは大幅に向上した)、2)集光にはゾーンプレート(ZP)を用いた集光系の導入を行う必要があるが、ZP走査システムが高価であり、かつ基本装置である放射光STMシステムの試料・探針回りで予想以上にメンテナンス事項が多く、それだけで費用の多くが充当されてしまい、ZPシステム導入が厳しいこと、である。残る開発の1点は、放出電子を除去してトンネル電流を検出する上で、ノイズ抑制に著効がある「STM探針の絶縁コート(の高度化)」である。これらを組み合わせ、金属内包分子の元素コントラスト測定を、安定化した光学系と測定条件下で、高度化された絶縁コート探針で行うことにより、所定の目的が達成できると期待される。
|
次年度の研究費の使用計画 |
上述の通り、最終年度も金属原子自体の元素コントラスト分析は本課題の基本的前提となるため、特にコントラスト原理は可能な限り明確にする。この段階で研究費は試料作製の材料のみである。その後、課題の最終目標である金属内包分子の元素識別を行う(Feasibility Studyから)。試料作製に全体の1~2割程度の費用を要するが、元素分析の基本的な測定原理については無機・有機を問わず共通であり、従来と同様の測定システムを用いることができる。ゆえにこの段階で研究費は、試料作製と、測定系のメンテナンスを中心とした維持費用である。しかし昨年度より、基幹装置である放射光STMシステム自体の試料・探針周りに予想以上の多くの手間がかかり(経時劣化も多い)、このメンテナンス費用に相応の額(年間予算の1/3~1/2ほど)を要すると予想される。このため光源の集光システム構築が圧迫される結果となったが、これについては実験計画で述べた通り、一方でMostab導入による光源安定化が極めて有効な実績となり、当座は集光を現状までの状態で、計画を続行できると予想される。さらに、残りの費用は絶縁被膜探針の高度化と、旅費(最終年度であり成果発表を精力的に行う)に費やされる。探針にかかる費用は、金属の芯自体と、絶縁被膜、およびFIB加工が主である(FIB加工は自前でなるべく行う)。一方、本テーマは外部施設SPring-8での実験遂行が前提となるため、マシンタイムと、それ以上に準備用(試料とSTM調整)の旅費と滞在費(さらに補助にあたる学生3名の分)が相当額、必要である。さらに成果発表では放射光STMが最近、世界的に脚光を浴びつつあり、欧米で競争者が増加している事情があり、依頼講演の増加と本テーマの優先権確保のための積極的な発表が見込まれている。
|