研究課題/領域番号 |
23656034
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研究機関 | 独立行政法人物質・材料研究機構 |
研究代表者 |
倉橋 光紀 独立行政法人物質・材料研究機構, その他部局等, 主幹研究員 (10354359)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | 表面・界面物性 / 磁性 / 酸化物 |
研究概要 |
本計画の目的は、表面修飾によりハーフメタル最表面スピン偏極を回復させ、その表面を用いて隣接分子に高いスピン偏極を誘起する方法を探索することである。 ハーフメタル強磁性体は、フェルミ準位におけるスピン偏極度が100%である材料を指し、高いトンネル磁気抵抗比や半導体等への高いスピン注入効率を実現する上で欠かせないキーマテリアルである。しかし、その多くは、表面・界面でスピン偏極度が大きく減少する問題点を抱えている。一方、申請者らは最近、酸化物ハーフメタルであるFe3O4(100)表面のスピン偏極度は清浄表面で殆どゼロであるが、水素終端によりハーフメタル性が回復する現象を見いだした。スピンを担う最表面の磁性原子の環境を適切に制御することによりスピン偏極を回復できることを本結果は示している。本計画では、この手法により界面で高スピン偏極を得ること、隣接分子に高スピン偏極を誘起することを目的としている。 本年度は、Fe3O4表面スピン偏極に対する面方位依存性を詳しく調べた。スピン分解光電子分光実験により(111)で-80%という高いスピン偏極度が報告されているため、(111)面が磁気トンネル接合に多く利用されてきた。しかし高い磁気抵抗比が得られておらず、多くの場合、低い磁気抵抗比は界面の低品質性に帰せられてきた。 申請者らはFe3O4(111)バルク単結晶を用いて極めて結晶性のよい表面を超高真空下で作製し、その表面スピン偏極を強磁場下で偏極準安定ヘリウムビームにより計測した。(111)面ではスピン偏極の符号が正で20%程度であること、水素終端により表面ハーフメタル性は回復しないこと、が明らかとなった。低い表面スピン偏極は汚染が原因ではなく、伝導に寄与しない4配位のFe3+イオンが終端面であるために生じる本質的現象であることを計算との比較により示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
以下の3点については、計画以上に順調に進んでいる。(1)Fe3O4最表面スピン偏極の面方位依存性を明らかにすることは、申請段階からの目標の一つであったが、本年度これを達成することができた。(2)結晶性の良い表面を用意し、その表面上で吸着分子スピン偏極を効率よく評価できる方法論を確立することは技術面の重要課題の一つであった。Fe3O4に関しては、強磁場下の表面スピン計測とバルク単結晶を利用することにより、イオン衝撃とアニーリングにより(100)面、(111)面を何度も容易に再生しながら分子スピン偏極を議論できる見通しを得た。(3)準安定ヘリウム原子源および六極磁子の改良によりビームの輝度を向上でき、これにより信号のノイズを低減することができた。この点今後の実験に必要な基盤技術も向上できている。一方、下記については計画より少し遅れている。 (4)金属表面の場合とは異なり、Fe3O4基板/吸着分子間に生成される界面状態密度が小さく、そのスピン偏極計測が困難であり、微弱な界面状態のスピン偏極を計測する手法を再検討する必要性を生じた。(5)平成23年度に表面磁性計測装置に有機分子蒸着用小型真空容器を接続する計画であったが、平成23年度は設計のみで製作まで到達できなかった。
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今後の研究の推進方策 |
本計画では、基板最表面のハーフメタル性の回復方法、またこれを用いた有機分子伝導帯への高スピン偏極誘起を最終目標としている。一方、有機分子へのスピン偏極誘起は近年大変ホットな話題となっており、特に磁性金属原子をもつフタロシアニン等の大型分子と強磁性基板の相互作用そのものが盛んに研究されている。このことを考慮し、平成24年度は以下の計画で研究を進める。(1)有機薄膜作製チャンバーの設計製作:フタロシアニン等の大型有機分子に対するスピン偏極その場計測を行うためには、有機分子蒸着と計測を別チャンバーで行い、試料を分析室に搬送できるシステムを整える必要がある。そこで蒸着用小型超高真空装置を製作し、これを強磁場下表面磁性計測装置に接続する。2x10-8Pa程度の真空下で、有機分子蒸着および膜厚測定が可能な構造にする。(2)吸着分子へのスピン偏極誘起:基板と分子がどのような条件を満たすときに、分子/基板間の界面状態に高いスピン偏極が誘起できるのか、Fe3O4単結晶基板を用いて系統的な実験を行う。(3)基板改質方法のさらなる検討:Fe3O4(100)最表面ハーフメタル性が水素終端により回復できることが示されたが、水素終端以外の方法によるハーフメタル性回復およびフェルミ面状態密度制御方法も引き続き検討する。(4)常磁性有機分子と強磁性基板の相互作用:申請者の開発した強磁場下表面磁性計測装置は、吸着分子自身の磁気異方性や常磁性成分の計測など、有機分子磁性分野で最近興味が持たれている物理量を計測するのに大変有力である。これらの点についても研究を進める。
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次年度の研究費の使用計画 |
有機薄膜作製用真空容器は平成23年度に作製予定であったが、上記の理由により、製作まで到達できず、そのため未使用額(1866千円)が生じた。本年度はこの未使用分と併せた予算(2470千円)を(1)有機薄膜作製用小型真空容器作製、(2)試料、部品等の消耗品、(3)国内旅費、に使用する。(1)の真空容器としては、内径200x高さ300mm程度の超高真空容器を想定しており、容器本体、水晶振動子膜厚計ヘッド、真空ゲージ球、ゲートバルブ、蒸着源(自作)一式で、合計1500-2000千円程度を予定している。必要な真空排気ポンプ、試料ステージについては、既存部品を使用する予定である。(2)消耗品としては、薄膜成長用単結晶基板(100千円)、蒸着用金属(50千円)、超高純度ガス(50千円)、液体ヘリウム(100千円)、銅ガスケット(50千円)を使用予定である。(3)の国内旅費として、年2回の国内学会報告を予定している(100千円)。
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