気体分子運動論では,気体を連続体ではなく分子という微視粒子の集団と考え,気体の振舞いを分子の速度分布関数(位置と速度の相空間における分子の数密度)を通して理解しようとする.このとき,流体力学的な巨視的物理量は,速度分布関数の重みつき平均量として定義される.本研究では,種々の局面に応じて巨視的物理量にみられる特異な振舞いを速度分布関数(あるいはその導関数)の不連続という視点から統一的に解釈することを試みる. 以上の目的のために,本研究では2平板間の希薄気体を考え,解析的考察から出発してそれを反映した新しい数値解法を開発した.その結果,主に次の3つの新しい知見を得た: 1.平面状の境界近傍では,巨視的物理量の勾配は,境界からの距離に対して対数的に振舞う.このことは,巨視的物理量の勾配が境界上で対数発散することを意味している. 2.速度分布関数の重みつき平均量の示す1の特異性に由来して,分子速度の境界に垂直な成分に対して,速度分布関数は境界上で同様の特異性を示す. 3.速度分布関数は一般に境界上で不連続であることが知られている.巨視的物理量の対数的な特異性の強度は,この不連続の大きさと定量的に関係づけられる.より詳細には,衝突頻度を介してこの不連続が減衰することが上記の特異性の構造である. 最終年度は,とくに上記2に関してTai-Ping Liu教授,I-Kun Chen博士,舟金仁志博士と協力し,高希薄度気体の場合についての数学的証明に成功した.その成果をまとめた論文をCommunications in Mathematical Physics誌に投稿した.
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