研究概要 |
今年度は、まず高分子電解質膜を構成するNafion分子の基本要素について, DMol3による量子化学計算を行い, Nafion分子を構成する各原子の電荷および最安定構造の情報を得た. 次にこのNafion分子を計算系に複数配置し, さらにその中に水分子とオキソニウムイオンを混入して, 高分子電解質膜内部における水の構造を解析するシミュレータを構築した. 劣化種であるOHラジカルの移動にはVehicle機構だけでなくGrotthus機構をも考慮し, その機構はEmpirical Valence Bond(EVB)法を用いて取り扱った. また, そのポテンシャルは密度汎関数理論(DFT)の計算結果を再現できるように調整した. このシミュレータを用いて, まず水のクラスター構造を静的構造因子を用いて評価した. その結果, 本研究で用いたモデルはGebelの予想した水クラスター構造の周期サイズをよく表せており, モデルの妥当性が検証された. また既報の中性子小角散乱の実験により得られたデータとの比較を行ったところ, 特徴的なピークの位置が概ね一致していることが確認された. このシミュレータを用いて, 平均二乗変位を求めることにより水の拡散係数を評価し、その含水率依存性を解析した。その結果、水の拡散係数の含水率依存性は実験結果と概ね一致し、含水率が増加するにつれて拡散係数が上昇することが確認された。また、この現象の原因は, 含水率が低い時には高分子膜の親水基(SO3-)が水和殻で覆われておらず, そのため水分子が親水基の電荷からうける影響が大きいが、含水率が増加するにつれて親水基が水和殻で覆われるため、その影響が小さくなるためであることを突き止めた.
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今後の研究の推進方策 |
今後はまずOHラジカルのGrotthus機構のモデリングを行って, 純水中でのOHラジカルの拡散係数の計算を行い、実験値と比較することによってモデルの妥当性を検証する。また、そのモデルを、昨年度までに構築されたシミュレータに組み込み、高分子電解質膜内部においてOHラジカルの輸送をシミュレートする。このシミュレータが構築された後に、系を規定する様々な特性量(温度、圧力、含水率)を変化させて水クラスターの構造を定量的に表現できる特性量(オキソニウムイオン近傍の水分子の数および配向(分子の向き), 水分子の水素結合により形成される一連のネットワーク構造の長さ, 水分子の酸素原子周りの水素原子の動径分布関数 など)の変化を観察する。これらの結果から、水クラスターの構造を表現する特性量の中で、プロトンやOHラジカルの輸送現象に大きく影響を及ぼす因子を特定する。さらには、高分子電解質膜の性質(電解質膜の親水基の分子種や電荷, 電解質膜の剛性, 電解質膜を構成している分子鎖の構造(分子鎖の間隔、側鎖の間隔(EW値))を変化させてこれらの特性量の変化を解析し、プロトン伝導性、耐劣化性能に優れた電解質膜が有する特性の提案を行い、シミュレーションにより提案されたプロトン伝導膜のプロトン伝導性、耐劣化性能の評価を行う。
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