本研究は、宇宙環境工学の分野でこれまで全く考慮されてこなかった原子状酸素以外の大気成分と宇宙機表面との相互作用の可能性を理論計算結果に基づいた実験により検証するものである。そのために、低軌道原子状酸素環境を模擬するためレーザーデトネーション型原子ビーム発生装置を用いて8km/sの窒素分子ビームを形成し、窒素分子高速衝突による材料劣化を定量的に評価することを試みた。超低軌道における窒素分子の高エネルギー衝突効果を地上実験で再現するために窒素ガスをターゲットガスに用いると解離反応が生じるため適当ではないという平成23年度の結論を受け、平成24年度にはアルゴンガスを用いてビーム形成を行い、軌道上での高エネルギー分子衝突環境を模擬した実験を行った。平均並進エネルギー10eV程度のアルゴンビームをレーザーデトネーション法で形成し、水晶振動子上に成膜したポリイミドおよびフッ素系高分子薄膜に照射し、共振周波数の変化から材料劣化現象の発現の有無を検証した。また、高速チョッパーを用いてアルゴン衝突エネルギーを変化させた実験から、理論計算で予測されているエネルギー依存性と定性的に整合する結果を得ることができた。これらの結果から、これまで無視されてきた高質量不活性分子の軌道上での高エネルギー衝突はフッ素系高分子材料の質量減少を誘起していることが確認された。また、フッ素系高分子のアルゴン衝突による質量減少は酸素原子と同様の衝突エネルギー依存性を発現することから、フッ素系高分子の劣化には酸素原子の科学的活性度は重要ではなく、衝突エネルギーが大きな要因であることが示唆された。一方、超低軌道技術試験機SLATSミッションに関して窒素分子フルーエンスの計算を行い、質量(膜厚)減少量の推定を行った。その結果、本研究グループが提案しているSLATS搭載実験により本研究の結果が軌道上で確認できることが示された。
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