研究課題
エピジェネティクスとは、遺伝子配列の変化なしに生起する後天的遺伝子発現制御機構であり、分化や疾患時の遺伝子発現制御にも深く関わるとして注目される新規研究領域である。エピジェネティクス制御の主要機構であるゲノムのDNAメチル化やヒストン修飾の網羅的解析法は急速に発展しているが、その制御因子の細胞内(核内)での実際の機能を解析・検定する研究方法は殆ど開発されていない。本申請研究では、われわれが独自に開発してきた「セミインタクト細胞リシール法」を駆使して作成した「糖尿病モデル細胞の核内」で生起するエピジェネティクス制御因子の動態を可視化解析し、糖尿病態進行に伴って変化するエピジェネティクス制御攪乱機構を明らかにすることを目的とする。本年度では、ヒストンタンパク質(ヒストンH1, hp1, H3.3など)やメチル化DNA結合タンパク質MeCP2のGFP融合タンパク質の恒常発現細胞株の確立を試みた。MeCP2-GFP恒常発現細胞株の樹立に成功し、その細胞を用いてセミインタクト細胞リシール法を駆使したエピジェネティクス変化可視化解析系の構築のための条件検討を行った。具体的にはMeCP2-GFP発現細胞の形質膜に穴を開けてセミインタクトにし、そこに野生型あるいは糖尿病モデルマウス(db/dbマウス)肝臓由来の細胞質を添加し、細胞内環境を糖尿病状態へと改変した。形質膜の穴をふさぐ(リシールする)ことによりインタクト細胞に戻し、MeCP2-GFPの動態変化を観察した。その結果、糖尿病細胞質依存的にMeCP2が核内で分散することを見いだし、これは我々が一過性発現系で確認した結果と一致するものであった。このMeCP2-GFP恒常発現株を用いたエピジェネティクス改変機構アッセイ系を基盤として、今後その分子メカニズム解析へと供することができると考えられる。
3: やや遅れている
当研究においてはエピジェネティックなクロマチン構造変化を検出するために、メチル化DNA結合タンパク質およびヒストンタンパク質のGFP融合タンパク質の恒常発現細胞株の樹立が必要であった。この恒常発現株樹立に予想以上の時間がかかり、本年度においてはMeCP2-GFP恒常発現株の構築のみに留まっている。しかしながら、MeCP2-GFP恒常発現株のセミインタクト細胞リシール法により、興味深いことに、糖尿病モデルマウス肝臓細胞質依存的にMeCP2-GFPが核内で分散することが明らかになった。このことは糖尿病環境においてはメチル化DNA結合タンパク質に何らかの揺動が与えられてエピジェネティクスに変化がもたらされている可能性があることを示している。セミインタクト細胞リシール法では、導入する細胞質に生化学的処理を加え特定のタンパク質の添加あるいは除去を行うことが可能であるため、この糖尿病細胞質依存的なMeCP2-GFP動態変化に関わる因子を検証するアッセイ系として活用できる。
予定より恒常発現株の樹立に時間がかかったものの、実験結果自体は当初の予想通りに進んでいる。よって、平成23年度までに得られたMeCP2-GFP恒常発現株を用いた実験に関しては、当初の研究計画通り推進する。すなわちMeCP2結合タンパク質を酵母ツーハイブリッド法、プロテオミクス解析、文献などから抽出し、糖尿病細胞質依存的に生起するMeCP2-GFP動態変化への関与を、構築したアッセイ系を基に検証する。また、リシール糖尿病細胞のゲノムを抽出し、糖尿病に関与することが報告されている因子群のプロモーター領域のDNAメチル化状態を、メチル化感受性酵素法やbisulfite法により調べる。さらにMeCP2-GFP動態制御因子のエピジェネティクス変化への関与を検証し、糖尿病環境下でのクロマチン結合タンパク質の動態変化とエピジェネティクス変化をつなぐ分子メカニズムの解明を行う。ヒストン-GFP恒常発現細胞株は平行して取得を試みるが、上記の実験をメインに推進する予定である。
次年度ではセミインタクト細胞リシール法を駆使したエピジェネティクス変化可視化解析を遂行するために、細胞培養関連試薬・器具(血清、dish、ディスポーザブルピペットなど)、細胞質調製、リコンビナントタンパク質調製など生化学的実験用試薬、プラスミドのコンストラクト作成、トランスフェクション、シークエンス、酵母ツーハイブリッド法などの分子生物学的実験用試薬を計上している。また、学会での研究成果発表や研究打ち合わせのための旅費、および論文発表時に必要な英文校正費も使用計画に含めている。
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Biochem. Biophys. Acta (Molecular Cell Research)
巻: 1823 ページ: 861-875