研究課題
現在の光合成は、30億年以上の進化を経て作られたもので、その各素過程は非常に高い効率で行われている。解析された光合成装置の原子構造をみると、光合成装置は、実に厳密に構築されている。これらの事実は、「光合成はもはや人工的には改変できない」「光合成は効率的なので改変しても意味がない」との考えにつながっていった。一方、光合成は、光エネルギー捕捉、エネルギー移動、電子伝達などの単純な物理過程で構成されている。そのため、新しい機能を付加することは、理論上十分可能である。これらは、光合成タンパク質等のエンジニアリングの有効性と改変の可能性を示している。本研究は、この高度に保存された光化学系の構造を改変し、新規光化学系を葉緑体内に構築するという新しい挑戦を行う。さらに、この改変した植物を利用して、(1)新規構築した光合成光化学系の機能特性、(2)新しく構築した光化学系の植物の発育に対する影響、(3)核遺伝子の発現に対する新規光合成の影響を調べることを目的としている。研究経過で示したように、本年度は、集光装置の大きさと色素組成の改変に取り組んだ。そのため、シロイヌナズナにPhCAOを導入すると同時に、クロロフィルb還元酵素を破壊した形質転換体を作った。興味深いことに、この形質転換体では集光性クロロフィルa/b-タンパク質複合体(LHC)の蓄積量が増加し、集光装置が大きくなった。また、色素組成も大きく変えることに成功した。この形質転換株に関する詳しい解析は24年度に行う予定である。一方で、集光装置の色素組成を改変したものは老化が遅れる。この植物の遺伝子発現を調べたところ、老化時に誘導される転写因子の発現が抑制された。光合成を改変することで、Transcriptional reprogrammingが起こり、これが老化を抑制したと考えられる。
2: おおむね順調に進展している
平成23年度の研究計画として、以下の項目を提案した。(1)光化学系の改変:(1)集光装置の大きさの改変:CAOの発現量を変えることによって集光装置の大きさを決めるLHCIIの量の調節を試みる。(2)集光装置の色素組成の改変:CAOのドメイン構造やアミノ酸配列を改変したCAOを導入すると同時に、HMCRやCBRを破壊することで、クロロフィルbを多く蓄積する植物を作成する。(2)老化抑制機構の解明:集光装置の色素組成を改変したものは老化が遅れた。我々は光化学系を改変すると、核のTranscriptional reprogrammingが起こり、これが老化を抑制したと考えている。これを明らかにするため、シロイヌナズナの転写因子1880をすべてPCRによって解析する。研究実績の概要に示した通り、当初の研究計画(1)、(2)は、ほぼ予定通りに達成され、順調に進展していると判断できる。ただ、予想外の大きな発見がなかったことが残念である。大きな進展を得るためには、もう少し広い視点から、もしくはこれとは反対に焦点を絞って、この課題に取り組むことが必要であろう。挑戦的萌芽研究なので、もう少し挑戦的な姿勢が大切であるとの反省がある。
初年度の研究は、ほぼ研究計画に示した内容通りに進展した。このため、当初の計画を大きく変えることはせず、以下の課題に取り組む。(1)光化学系の改変、(2)改変した光化学系の機能解明、(3)改変植物の形質の解析、(4)他の植物への応用。(2)に関しては、改変した植物が多量のLHCIIを蓄積していること、また蛍光特性がきわめて特徴的であることが予備的実験で明らかになってきた。そこで、改変植物の光合成活性を詳細に調べる。また、(4)に関しては、大変重要な課題となってきたので、特に重点的に取り組む。また、達成度に述べたように、もう少し挑戦的な姿勢で研究を進める。
平成23年度の予算額が160万円のところ、実際に使用した額は146万1529円であった。後半、実験結果の検討に時間を要したため、実験の遂行が若干遅れたことにより未使用額が発生したが、ほぼ予定通りの支出である。平成24年度は、本研究を遂行する大学院生が増えるので、未使用額分については新入生の実験体制の立ち上げのため、試薬や器具等を購入するのに使用したいと考えている。
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