研究概要 |
Wnt分子は、組織形成の際に、局在する発生源から濃度勾配を持って発せられ、その濃度に応じた強さのシグナルを細胞に入力し、その結果として、連続した空間内で複数種の細胞運命を誘導する。しかしながら、Wnt分子の濃度勾配やWntシグナルの入力強度勾配は比較的なだらかであり、組織空間内で隣接する細胞が受け取る“シグナル入力”の強さに大きな差はない。それにも関わらず、構築中の組織内では、Wnt分子濃度に応じて隣接する細胞群がそれぞれに違う運命を選択する。おそらくこの過程においては、「アナログ方式で入力されるWntシグナル入力をデジタル処理し、特定の運命に細胞を振り分けるシステム」が存在すると考られる。本研究では、Wntシグナルが支配する様々な組織の前後軸、背腹軸、遠近軸に沿ったパターン形成における“Wntシグナルデジタル処理機構”の存在の証明と、その実体解明を目指した。 本年度はまず、d2EGFPの蛍光によりWntシグナルを可視化したゼブラフィッシュ系統を作製し、この系統を用いることで、構築中の組織におけるWntシグナル入力強度パターンを明らかにした(Shimizu et al. Developmental Biology 2012)。さらに、韓国ソウル大学との共同研究により、シグナル分子DP1がWntシグナルのデジタル処理に関わることを発見した。具体的には、「DP1が、脊椎動物の構築過程の神経組織において、Wntシグナルの入力の強い後方領域ではWntシグナルを増強し、その一方でWntシグナル入力の弱い前方組織ではWntシグナルを減弱させることにより、神経組織の前後軸に沿ったWntシグナル活性の急勾配を作り出し、これにより神経組織の前後軸パターン形成を促進すること」を見いだした(Kim et al., EMBO J 2012)。
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