前年度の中頃に問題点に直面し、対策として研究方法に修正を加えていた。問題点は、ヒトで消失したヘテロクロマチンの痕跡が、予定していた解析に耐えられないほどに小さいことである。とった対策は2つである。1つは解析法の改良であり、もう1つは同様の例を近縁の他の生物種に求めることである。同じヒト上科に属するシアマンとシロテテナガザルを、対象として設定した。前者がチンパンジー、後者がヒトに対応する。前年度末までに、シアマンにみられる大規模ヘテロクロマチンの起源を明らかにし、論文として発表していた。 今年度は、修正した方針を維持して研究を継続した。対策の1つ目である解析法の改良のほうは十分な効果はなかったが、2つ目としてのシアマンとシロテテナガザルを用いた解析は、大幅な進展があった。 アルファサテライトDNAは、セントロメアを構成する反復配列である。シアマンではその一部が染色体端部に移り、それが増幅して大規模なヘテロクロマチンを形成していることが判明した。シロテテナガザルでは、同じ構造物はみられない。そこで、より広い範囲、具体的にはテナガザル科の計8種を対象として、このヘテロクロマチンの規模を調べた。その結果から、増幅や縮小が短期間で急速に起こり得ることがわかった。ヒトでの急速かつ完全な消失があり得ることを支持する結果となった。研究期間内に、論文として発表した。この分布の調査に加え、シアマンで増幅しているアルファサテライトDNAの高次構造の解析を行った。ヒト科ではアルファサテライトDNAに高次構造が頻繁にみられる。テナガザル科では高次構造はないとの見方が、現在は大勢となっている。ところがシアマンで、高次構造がみつかった。急速な増幅や縮小が起こっていることと合わせて考えると、ローリングサークル型の移動が、メカニズムとして有力であるといえる。今年度3月に、論文発表の準備を開始した。
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