4倍性コムギとタルホコムギを交雑して得られる合成パンコムギは、通常パンコムギに祖先野生種であるタルホコムギの有用遺伝子を導入する際の育種母本として用いられている。しかし両親の持つ核ゲノム間の相互作用により雑種強勢・雑種弱勢・雑種致死などの現象が起こることが知られている。本研究は、この雑種弱勢の弱い症状を示す合成パンコムギ系統において病害抵抗性の上昇が認められるのかどうかを検証することを目的としている。これまでにコムギいもち病菌の、クロロシスを示す合成パンコムギ系統と正常の表現型を示す合成パンコムギ系統への接種により、クロロシスを示す合成パンコムギ系統の方がより高い抵抗性を示すことを明らかにしてきた。平成24年度は、ハイブリッドクロロシスの症状が弱い合成パンコムギ系統と症状の強い系統の葉のRNAを用いて、マイクロアレイ解析により、これまでの正常系統や弱いクロロシス系統との遺伝子発現プロファイルの比較解析を行い、さらにタイプIIIハイブリッドネクローシスとの比較を通して、ハイブリッドクロロシスに特徴的な遺伝子発現変動を明らかにすることを試みた。その結果、このハイブリッドクロロシスは病害抵抗性遺伝子の上昇だけでなく、老化に関与する遺伝子群の発現上昇が認められ、通常よりも老化が早く進むことによってクロロシスの症状を示すことが示唆された。本研究を通して、弱いクロロシスを示す合成パンコムギ系統は農業形質への影響最小限に抑えつつ病害抵抗性をある程度上昇させることが期待でき、栽培地によってはハイブリッドクロロシスを用いて病害抵抗性と生育阻害の間のトレードオフを成立させながらコムギの病害抵抗性育種を行える可能性を示唆した。すなわち、ハイブリッドクロロシスを導入することで病害の発生地においてむしろ有利な品種育成を期待できるのではないかと考えられた。
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