我国の重要な水産資源のシロザケは、大きく口を開けて放卵・放精する時に数秒間、心停止する生物学・医学的に興味深い生命現象を示す。シロザケの産卵時の心拍停止・再開機構を解明するため、下記の解析を行い、成果を得た。カルボシアニン色素(DiI)を用いてサケ心臓の刺激伝導系の解析する目的で、延髄から心臓への順行性染色、および心臓から中枢神経系への逆行性染色を行い、迷走神経(副交感神経)は、内蔵枝より心臓枝へ分岐していることが確認された。多回産卵するニジマスの産卵時の心臓機能の解析する目的で、ニジマスに心電図ロガーを装着して放精時の雄における心電図を取得したところ、放精時の雄ニジマスにおいて心室細動が観察され、多回産卵のニジマスでも放精時に心停止することが確認された。サケの心停止時のアセチルコリン濃度とカリウムイオン濃度を測定する目的で、ヒメマス心臓から拍出される血液を採集するため、腹大動脈からのカニュレーション手法を開発したが、心停止時の血液を採集することができなかった。サケの心停止と生殖腺成熟との関連を解析するため、ヒメマスに生殖腺刺激ホルモン放出ホルモンアナログを投与し成熟促進を試みたが、放卵・放精する個体が出現しなかった。ランゲンドルフ還流実験による心拍再開刺激の検討する目的で、ヒメマスの心臓を取り出し生体外で拍動させるランゲンドルフ還流実験法を開発し、生体外で心臓を拍動させることに成功したが、種々薬剤を投与しても心臓が停止し再開する機構を解明することができなかった。以上の結果、サケ産卵時の心拍停止は、人間において強い疼痛などの刺激が迷走神経求心枝を介して、脳幹血管運動中枢を刺激し、心拍数の低下などを引き起こす迷走神経反射に相当することが明らかになった。迷走神経反射は、生命維持のための防衛反応であるため、心拍停止・再開機構を解析するための良いモデルではないことが示唆された。
|