研究課題
初年度は,子孫を得ることができないため,腹びれを有する個体あるいは通常個体から得られる試料をもとに遺伝子解析を実施した。具体的には,(1)腹びれイルカのゲノムDNAソースを安定的に得るための培養細胞株の樹立,(2)腹びれイルカiPS細胞樹立と性状解析,(3)次世代シーケンサーシーケンシングデータの解析と特定遺伝子完成シーケンスの作成を行うことを目標に研究を実施した。 その結果、まず(3)については、腹びれイルカのゲノムDNAを抽出し、次世代シーケンサーHiSeq2000で解読した結果、後肢の形成にとって極めて重要なホメオボックス遺伝子のホメオボックスドメインにミスセンス変異が見つかった。そのため、同部位について、バンドウイルカ4個体を含む10個体の鯨類で調べたところ、変異は見い出されなかった。 (1)と(2)については、イルカcDNAが入手できなかったため、ヒト不死化(SV40LT,hTERT)および iPS関連遺伝子 (Oct3/4, SOX2, Klf4, L-Myc, Lim28, Glis1)をクローン化し、それらを発現するレンチウィルスベクターを作製した。また研究プロジェクトグループ内で腹びれイルカの死亡などの不測の事態に備え、iPS化に適した線維芽細胞入手法を策定し、濃縮組換えウィルスの凍結保存を行った。 上記の(1)~(3)に関する遺伝子解析以外に、平成24年度の腹びれイルカの繁殖を目指し、性周期や排卵時期を特定するため、定期的な性ホルモン濃度の測定を行った。その結果、春からほぼ1ヶ月周期で、排卵を連続的に繰り返していることがわかった(年度末現在、排卵が続いている)。また、繁殖用雄の性ホルモン濃度の測定も同様に行っているが、雄の成熟はまだ確認できていない。
3: やや遅れている
後肢形成に関わる有力な原因候補変異が見いだされた点では、計画以上の進展がみられている。また、血液細胞のiPS化は当初より困難が予想されていたが、現時点で、不死化細胞の樹立に成功しておらず、この部分については計画より遅れている。繁殖計画については、雌はすでに繁殖可能な状態にあるが、雄の成熟が未だ確認できていない点では、ペアリングの準備が遅れていると言える。
後肢形成に関わる有力遺伝子が見つかったが、この変異を原因候補変異であるとしてさらに研究を進めるため、鯨類(ハンドウイルカ100~200頭を含む)数百個体の血液試料を国内の水族館等から得て、同様の変異がないかを検索する。また、正常タンパク質、変異タンパク質が下流の遺伝子群の発現に どのように関わっているかを解析するほか、目的遺伝子の発現には汎用されるCMVプロモーターを利用しているが、血球細胞でより高い発現効率を有するE2Fプロモーターへの置換を進める。 水族館で採血された正常イルカおよび腹びれイルカの血液からリンパ球を分離し、レンチウィルスベクターの感染を試みる。レンチウィルスベクターの感染率が低いため、Retronectin の利用やGFP発現ウィルスにより諸条件を検討するほか、ヒトBリンパ球細胞の不死化に汎用されるEBウィルスのがん遺伝子EBNA-1,2等も試用する。 遺伝子解析と併行し、腹びれイルカの健康状態をみながら、成熟オスと屋内プールで同居させ,自然交配により受胎させる(受胎しない場合は,人工授精も検討する). なお,研究期間中に万一対象個体が死亡した場合は,今後の遺伝子解析に必要な生体試料の採取を行い、全身を灌流固定し、後肢およびその周辺部位の詳細な肉眼解剖観察を連携研究者の協力を得て行う.
昨年度配分額(研究代表者分)にごくわずかな(1万円以下)の残額を残したが,金額はごくわずかであり,繰り越しにより継続予定の性ホルモン分析費用等により効率的に使用できると判断したことによるものである. 次年度は,本年度に得られた後肢発現に関する候補遺伝子が,腹びれイルカに特有の変異であることを明らかにするため,正常な数百頭について遺伝子解析を行う計画であり,この分析にかなりの解析費用とそれに関わる人件費等をあてる。また、繁殖を促進するための繁殖状態のモニタリングとして,腹びれイルカおよび雄個体等の性ホルモンの解析費用にも充当する。また,正常イルカおよび腹びれイルカの血液からリンパ球を分離し、レンチウィルスベクターの感染実験のための細胞遺伝学的に分析・実験費用に充てる.
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