研究課題
本研究では、核内高次構造の機能に着目し、体細胞クローン胚の初期発生におけるゲノムならびにエピゲノム動態を検証し、それを手がかりにクローン技術における人為的初期化誘導技術の開発をめざすとともに幹細胞研究への展開を図ることを目的とする。本年度は以下の研究を行った。(1)卵丘細胞由来体細胞クローン卵子のヒストン構成の解析 ヒストンH2A.Zは通常は生存に必須であるが初期発生では発現していない。したがって、核移植によるリプログラミング過程では、ドナー細胞に由来するヒストンH2A.Zがクロマチンレベルの制御機構に大きく影響していると考えられる。そこで、マウス受精卵と体細胞核移植(SCNT)卵子おけるヒストンH2A.Zの動態について解析し、さらにヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤であるトリコスタチンA(TSA)による影響について検討した。その結果、ヒストンH2A.ZはIVF卵では前核期から4細胞期まで観察されなかったのに対し、卵丘細胞では核内に局在し、SCNT卵子でも1細胞期から胚盤胞期まで観察された。そして、TSA処理を施すことにより、SCNT卵子でも1細胞期から4細胞期でH2A.Z消失することが示された。本研究により、SCNT卵子ではヒストンH2A.Zの持ち込みによりクロマチン構成が大きく異なること、TSAはヒストンH2A.Zの除去に関わっていることが初めて示された。(2)ドナー細胞の核内高次構造の人為制御 ドナー細胞のリプログラミング感受性の獲得を目的として、マウスES細胞をモデルにヒストンH2A.Zの動態を制御する因子を利用したクロマチン構成の人為制御について検討した。その結果、SRCAP複合体構成因子Arp4のノックダウンによりH2A.Zのクロマチンへの取り込みがわずかに減少すること、また、TSA処理でもH2A.Zのクロマチンへの取り込みがわずかに減少することが示された。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、本研究課題の初年度であり、体細胞と初期胚ではクロマチン構造を含む核内構造が大きく異なっていることに着目し、SCNT胚におけるヒストン構成について検討した。まず、体細胞と初期胚で構成が異なることが報告されているヒストンH2A.Zに着目して解析した結果、受精卵と体細胞クローン卵子では、ヒストンH2A.Zの動態が大きく異なることが初めて示された。さらに、HDAC阻害剤・トリコスタチンA (TSA)により、ヒストンH2A.Zが体細胞クローン卵子から除去されることが明らかにされた。本成果は、体細胞クローン胚の発生における核内高次構造の影響を示唆する結果であるとともに、TSAによるリプログラミング改善効果の作用機序の一端を示している可能性があり、予想を上回る手がかりが得られたと考えられる。一方、ヒストンH2A.Zのクロマチン構成に係る動態制御に着目し、クロマチンリモデリング因子のノックダウンやTSA処理による人為制御について検討した結果、クローン卵子でみられるような顕著な変化を誘導する結果は得られなかった。ヒストンH2A.Zの制御に関わるクロマチンリモデリング因子のターゲットについてはArp4を中心に行ったが、その他、Arp6やSWR1などについては、認識抗体の特異性や検出感度などの最適化が難しく、十分な検討ができなかった。また、3D-FISH解析については、マウスES細胞におけるOct3/4遺伝子座とそれが位置する第17番染色体それぞれについて準備したDNAプローブとペインティングプローブについて解析条件の構築が完了し、その他、Nanog遺伝子、Sox2遺伝子と第6番染色体、ヒストンH2A.Z遺伝子と第3番染色体との組合せについて準備を進めている状況である。
本年度の成果より、体細胞クローン卵子におけるヒストンH2A.Zの挙動がリプログラミングの過程で大きく影響している可能性があること、クローン胚の発生能力獲得におけるTSAの効果にはヒストンH2A.Zの除去が関わっている可能性があることが示された。これらの結果は、核内高次構造の人為制御技術がリプログラミング誘導技術の開発の足がかりになりうることを示唆しており、この研究のさらなる展開を図っていく。具体的には、平成24年度以降は、以下の研究を計画する。(1)ES細胞由来クローン卵子のヒストン構成の解析 ヒストンH2A.Zについては、2つのバリアントがあることが最近明らかとなった。また、本年度の結果からは、ヒストンH2A.ZがTSAの直接的な基質であるか否かについては結論できない。そこで、連携研究者・原田との共同作業により、それぞれのバリアントに対するFLAGタグ付GFP融合タンパク質発現ベクターやFLAGタグ付GFP融合変異型タンパク質発現ベクターを作製する。当該ベクターを導入したES細胞を作製し、ES細胞およびES細胞をドナーとするクローン卵子を用いて、TSAがどちらのバリアントを標的としているか検証する。(2)ドナー細胞の核内高次構造の人為制御 3D-FISH解析については、Nanog遺伝子、Sox2遺伝子と第6番染色体、ヒストンH2A.Z遺伝子と第3番染色体との組合せについて、連携研究者・田辺と共同で、それぞれのDNAプローブとペインティングプローブを作製する。ES細胞と卵丘細胞について、3D-FISH解析条件の構築を行う。さらに、ES細胞あるいは卵丘細胞をドナーとするクローン卵子について3D-FISH解析を行い、TSA処理によるリプログラミング過程の変動を解析する。それらのデータを活用し、最終的に、核内高次構造やクロマチンリモデリングの制御を介した初期化誘導技術の開発をめざす。
本研究課題は、幹細胞・発生工学研究、染色体研究、クロマチン工学研究の3つの要素から構成されている。次年度の研究費については、免疫組織学、in situハイブリダイゼーション、遺伝子発現解析、タンパク質発現解析など、ドナー細胞やクローン卵子における遺伝子発現を解析するための抗体やFISH用プローブ、オリゴヌクレオチド、分子生物学的研究試薬として使用する。また、次年度は、発現ベクターコンストラクトの作製等を計画しており、ES細胞への遺伝子導入に係る分子生物学的研究試薬、ES細胞の培養液・ウシ胎仔血清等の培養試薬等として使用する。また、受精卵や体細胞クローン胚を用いた解析を実施するため、実験動物マウスならびに飼育管理経費として使用する。ただし、実験動物の使用については、上記項目に則り、最小限にとどめるように努める。また、次年度に使用する予定の研究費として、4,418円を計上した。当該研究費については、本年度の研究計画の中で上記の使用目的において適切な物品の調達には額が満たないことから、研究費の有効かつ十分な活用を鑑み、次年度の研究開始にあたり使用する物品費に組み込む予定である。 本研究においては、取り組み課題となる3つの研究領域について、それぞれのエキスパートが組織の枠を超えて連携することにより、学際領域を開拓していくことを主眼としている。円滑に研究を遂行するために、会合による研究進捗状況の確認や情報交換を行うための旅費、ならびに研究成果発表などの旅費として使用する計画である。
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Zygote
巻: Apr 5[Epub ahead of print] ページ: 1-9
http://dx.doi.org/ 10.1017/S0967199412000081