トキソプラズマが中間宿主に感染した場合、脳や筋肉など特定臓器に侵入したタキゾイトは潜伏型虫体であるブラディゾイトへとステージ転換する。しかし生体内においてタキゾイトからブラディゾイトへのステージ転換を起こす引き金となる要因は明らかになっていない。これまでに分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ(MAPK) p38阻害剤によってこのようなステージ転換を誘導できることが知られている。MAPK p38a,p38b分子は多くの細胞・組織において各種ストレス刺激に対する応答に重要な因子であり,その活性は生体内で常に変動している。そこで宿主細胞のMAPK p38分子,とりわけ主要なアイソフォームであるMAPK p38a分子に着目し,この分子がトキソプラズマ原虫のステージ転換に関与しているか否か検証した。まずMAPK p38aを欠損した細胞にタキゾイトを感染させたが,それだけではブラディゾイトは出現しなかった。このことから宿主MAPK p38б分子の活性が恒常的に欠損しているだけではトキソプラズマのステージ転換は起こらないことが分かった。さらにMAPK p38a,p38в阻害剤の一つであるSB202190添加により,MAPK p38a欠損細胞に感染したタキゾイトにおいてステージ転換の開始が確認された。その頻度はMAPK p38aを持つ細胞に感染したタキゾイトとほぼ同じであった。しかしながら,MAPK p38a欠損細胞に感染した虫体では,ステージ転換の開始後におけるブラディゾイトの成熟レベルがMAPK p38aを持つ細胞に感染した虫体に比べて有意に低かった。以上のことから宿主細胞のMAPK p38aはタキゾイトからブラディゾイトへのステージ転換の開始段階には関与していないものの,ブラディゾイトの成熟には部分的に関与していることが示唆された。
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