研究課題/領域番号 |
23659224
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研究機関 | 奈良県立医科大学 |
研究代表者 |
水野 文子 奈良県立医科大学, 医学部, 講師 (70271202)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2014-03-31
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キーワード | サルモネラ脳症 / サルモネラ胃腸炎後 / 非チフス / マウスモデル |
研究概要 |
サルモネラ胃腸炎後脳症発症マウスモデルの作製にあたって、ネズミチフス症による脳症との区別を明確にするするため、経口感染後一時的に定着するが、肝臓や脾臓のような網内系に移行しないサルモネラの菌株の選定を、所属教室が保有する菌株の中から行った。マウスにサルモネラ10の7乗個以上を経口投与し、その後の菌の定着の有無を便中から、網内系への移行の有無を肝臓・脾臓からの菌の回収によって確認した。ネズミチフス菌(Salmonella typhimurium)以外に、Salmonella enteritidisは網内系への移行が認められたため両菌株は除外した。腸管出血性大腸菌による脳症発症には、ベロ毒素だけでなく、外膜のLPSも関与するという報告もあり、O157と抗原性を同じくするSalmonella hilversum、Salmonella urbana、Salmonella soerengaについても同じく経口感染後の便中・網内系・脳からの菌の回収を確認した。これらの菌は経口感染後数日間は便中から菌が回収されるが、その後は便からも肝臓・脾臓および脳からも、通常使用するドリガルスキー寒天培地やセレナイト増菌培地において増殖は認められなかった。申請者らは、Salmonella typhimuriumのワクチン株を腹腔内投与した場合、投与菌がbacillary formからL-formに転換することを既に見出しており、さらにL誘導培地へ組織の一部を接種したところ、いずれのサンプルからもL-formが誘導され、Salmonella特異的プライマーを用いたPCR法でSalmonellaであることを確認した。さらにSalmonella pathogenicity islandII欠損株を経口投与しても同じ結果であったが、いずれの場合においても脳症を思わせる徴候は認められなかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究の目的は非チフス性のサルモネラ胃腸炎後脳症のマウスモデル作製であり、チフス症における脳症とは違うものとして考えている。チフス症におけるサルモネラ感染後の体内動態では肝臓や脾臓など網内系への移行・増殖をすることが特徴的であるが、そのような体内動態ではない、網内系への移行をしない株を選ぶことから開始した。しかし、肝臓・脾臓への移行が認められない株においては、接種菌数を増やしても腸管からの消失が早く、便中からの菌の回収も投与後数日に限られ、一時的定着とは言い難い結果であった。一方で、肝臓・脾臓さらに脳への移行は、ドリガルスキー寒天培地、セレナイト増菌培地を用いた場合は認められなかったものの、L型菌誘導培地に接種すると、L-formとしての増殖が認められた。このL -formがサルモネラであることは、サルモネラ特異的プライマーを用いPCRで確認している。bacillary formでは回収されない菌株を投与した場合でも、L-formとして、網内系だけでなく脳への移行が認められたことは新しい事実ではあるが、いずれの菌株の経口投与においても脳症と考えられる徴候は認められなかった。これまで菌株選びに使用したすべての株において、経口投与後に網内系からbacillary formとして回収されなかったものが、L-formとして組織中に存在する可能性が高いと考えられたことは想定外であった。サルモネラ特異的プライマーを用いての確認作業は行ったが、組織標本でL-formの存在は確認していない。菌株選定の原則である網内系への移行がないこと、臨床的にも脳内への菌(bacillary form)の移行は確認されないこととの整合性についてさらに確認が必要である。経口投与だけで脳症を発症したと考えられる菌株はないが、脳症発症を導く投与薬剤の選択までは実験を進めることができていない状態である。
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今後の研究の推進方策 |
経口感染後、bacillary formとしては回収されなかったSalmonellaの数菌種が、肝臓・脾臓など網内系だけでなく脳においてもL-formとして存在しうることが確認された。回収されたL-formがサルモネラであることはサルモネラ特異的プライマーを用いたPCRによって確認しているが、臨床症例においては、脳内への菌の移行は認められていないため、実際に肝臓・脾臓や脳においてサルモネラがL-formで存在することを組織学的にも確認する必要がある。存在が確認されれば、L-formによる脳症発症のきっかけとなりうる事象の確認も必要になってくる。一つにはbacillary formへの回帰、一つにはL-formが産生する毒素(L-formをワクチン抗原として使用した場合、接種初期に産生される)産生の有無を確認する。これまでの実験で経口投与のみでは脳症発症の徴候は認められていないため、脳症発症を誘導する追加の処置について検討していく。また、経口投与後の便中からの菌の回収は感染後数日にとどまり、菌が定着しているとは言い難い結果であったため、今後は低蛋白栄養食(申請者らがカンジダ敗血症の動物モデルで使用)でマウスを飼育し、まず腸管への定着を促進させるようにしていく。この低蛋白栄養食を投与すると、腸管からの菌や真菌の移行が容易になることを確認しており、サルモネラ経口投与後の網内系や脳への菌の移行の確認をした上で、脳症発症の有無を再度確認するほか、経口投与だけで脳症発症が見られない場合は、脳症発症を導く薬剤の投与とその効果を判定し、脳症発症を誘導する薬剤の選択を行っていく。脳症発症の指標には、マウスの行動異常などの観察に加え、脳症発症症例で報告され脳内のサイトカインストームを引き起こすのに主要な役割を果たすと考えられるTNF-alphaのメッセージ発現およびタンパク産生量を用いる。
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次年度の研究費の使用計画 |
これまでの実験で、経口感染後、投与されたサルモネラの数菌種は、bacillary formとして網内系から回収されず、L-formとして肝臓・脾臓等の網内系、さらに脳にも移行している可能性がサルモネラ特異的プライマーを用いたPCRにより示唆されているが、それぞれの組織標本でのL-formの存在を、in situ hybridization等の方法で確かめる必要がある。たとえL-formとして網内系に移行していたとしても、典型的なチフス症としての経過をたどることはないため、非チフス性であると考え、当初の予定通り、サルモネラ経口投与後、抗菌薬など薬剤を腹腔内投与して、脳症の発症を試みる。一方で経口感染後の菌の一時的定着の状態を確実に作るために、低タンパク栄養食で飼育したマウスで、菌の一時的定着、網内系、脳への移行の有無を再検討し、その後脳症発症を誘導していく。脳症発症の指標には脳症発症の徴候の観察だけでなく、脳内TNF-alphaのmRNA発現、その蛋白産生量を用いる。期間全体わたり、動物実験には、マウスの購入・その飼育代金・低タンパク栄養食用の特殊試料を、供与菌となるサルモネラの維持・増殖には、増殖用あるいは確認用培地、L-form誘導培地、さらに確認用のサルモネラ特異的プライマーとPCR用試薬を必要とする。 組織標本作製は、脳症発症の炎症性変化の有無をみるためのHE染色標本のほか、L-formの存在確認のためのin situ hybridization用標本の作製が要る。脳症発症を誘導するための抗菌薬をはじめとする薬剤、脳症発症の指標に用いる脳内TNF-alphaのmRNA発現、蛋白量定量のための定量的RT-PCR用試薬、ELISA用試薬、L-formの存在確認用のプライマー合成費用、組織内での存在確認用のin situ hybridization用試薬も購入予定である。
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