研究課題/領域番号 |
23659224
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研究機関 | 奈良県立医科大学 |
研究代表者 |
水野 文子 奈良県立医科大学, 医学部, 講師 (70271202)
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キーワード | 非チフス性サルモネラ脳症 / マウスモデル / L-form |
研究概要 |
サルモネラ胃腸炎後脳症、non-typhoidal Salmonella encephalopathyのマウスモデル作製にあたり、初年度は、ネズミチフス症による脳症との区別ができる菌株の選定を主として行った。Salmonella hilversum、Salmonella urbana、Salmonella soerengaおよびSalmonella pathogenicity island2欠損株であるSalmonella typhimurium SPI2-を用い、経口感染後の腸管への定着、網内系への移行の有無を確認した。その中でSalmonella typhimurium SPI2-株が腸管への定着率がよく、網内系への移行の割合も低いことが確認され、平成24年度はその株を用いて、さらに投与後の菌の動態や脳への移行の有無、脳症発症に必要な薬剤などについて検討を行った。その結果、経口投与した菌の腸管への定着には、10の8乗以上の菌が必要であることが分かった。経口感染後の経過において、感染後に抗生物質を投与しないマウスでは初期には網内系への菌の移行が認められるが、その後菌は排除される。一方、感染後抗生物質を投与したマウスでは、いったん便からの菌の検出がなくなり、腸管から菌が排除される一方、網内系への菌の移行が認められる個体もあった。脳内への菌の移行は、前回報告した通り、すべてのマウスでbacillary formでの検出はなかったが、一部L-formで検出されたものがあった。マウスの行動観察では、感染初期においても非感染マウスと違う所見を呈したマウスはなく、網内系への菌の移行、脳内からのSalmonella L-formの検出も10~20%のマウスで見られるだけで、非感染マウスや網内系への移行なし、L-formとしての検出なしのマウスと判別できる所見は認められなかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成23年度はnon-typhoidal Salmonella encephalopathyのマウスモデルに使用するサルモネラの菌株の選定を行い、24年度はその中からSalmonella pathogenicity island2(SPI2)の変異株を選び、さらに条件の検討を進めた。同変異株を選定した理由は、SPI2の遺伝子座には、サルモネラが宿主細胞内で生存・増殖するのに必要な遺伝子が含まれ、変異により網内系への移行が抑えられていることである。preliminaryな検討では、この変異株は経口感染後一定期間腸管に定着し、かつ網内系への移行例は20%前後にとどまり、一部の脳内からL-formとして検出された。 この変異株を用い、投与菌量と薬剤処置の必要性についての検討をした。投与菌量は10の8乗は必要で、それ以上の投与でも腸管への定着、網内系への移行は、同菌量を投与した場合と大差なく、経口投与量は10の8乗オーダーに決定した。次に同投与量で薬剤処置なしの場合について検討すると、腸管への菌の定着は認められるが、網内系への移行は見られず、脳内からのSalmonella L-formの検出も認められなかった。脳症と関連する行動異常や身体所見も認められなかった。薬剤処置なしでは脳症発症を示唆する所見が認められなかったため、サルモネラ胃腸炎の治療に使用する抗生物質を感染後に投与し、腸管への菌の定着、網内系への移行、マウスの行動変化、脳内からの菌の回収、の項目について再検討した。 サルモネラSPI2変異株経口感染後、抗生物質投与マウスでは腸管への菌の定着が認められ、網内系への移行は10~20%前後、脳内からのSalmonellaの回収はbacillary formでは認められず、L-formとして検出した例が10%前後であった。しかし、この場合も脳症を疑わせる徴候、所見は認められなかった。
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今後の研究の推進方策 |
今回、経口感染させるサルモネラをSPI2変異株に絞り、条件の検討を行い、経口感染における投与菌量、経口感染後の抗生物質投与について決定したが、依然として感染後のマウスの行動変化等の徴候は認められなかった。元来マウスはヒトと比べLPSに対して耐性であり、サルモネラ感受性のマウス系統を用いてはいるが、種としてはサルモネラ抵抗性であるため、徴候として現れにくい可能性は充分にある。サルモネラ胃腸炎後脳症の症例では脳内においてサイトカインスト―ムが引き起こされている報告が多く、その主要な役割を果たすと考えられているTNF-alphaをマウスの行動異常の徴候に代わる指標として捉え、検討を進めていく。preliminaryに行ったマウス脳組織中のTNF-alphaのメッセージに関しては、感染7日目以降、抗生物質投与4日目以降に徐々に発現が見られている。脳内からSalmonella L-formが検出される率も低く、現段階ではTNF-alphaメッセージ発現との関連は不明である。 今後は脳内からのL-form回収とTNF-alphaメッセージ発現の関連について検討する。相関があればL-formがTNF-alphaメッセージを発現する機構についてL-formの認識レセプターやシグナル伝達を含め、解明していく。相関がない場合はTNF-alphaのメッセージ発現を誘導する因子について、特に宿主自身の持つ因子を中心に検索していく。 サルモネラ胃腸炎後、脳症発症症例は増加傾向だが発症率としては低いものである。又これまでの結果から、経口感染後に抗生物質を投与したマウスにおいて脳内からL-formが回収される例も少数であり、L-formへの転換と脳症発症に関連があれば大変興味深い。サルモネラだけでなく通常の感染の経過の後に発症する他の菌による脳症の発症機序としての可能性もあり、今後検討していく価値がある。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成24年度までにサルモネラ胃腸炎後脳症、non-typhoidal encephalopathyマウスモデル作製に使用するサルモネラの菌株選定、経口感染投与量、感染後の抗生物質投与スケジュールの決定を行った。次年度はそのモデルを用いて、サルモネラ胃腸炎後脳症の臨床症例でも脳内で認められたと報告されているサイトカインストームの病態解明をするため、サイトカインストームの主要な役割を果たすとされるTNF-alphaについて、感染後のメッセージの発現或いはタンパク量の定量を行う。メッセージ発現量の定量にはreal-time RT-PCR法を用い、タンパク定量にはELISA法を用いる。一方で脳内から回収されるL-formについて、脳内での存在を確認し、その後どのような条件下でbacillary formからL-formへ変換するのかを検討する。脳内でのSalmonella L-formの存在は、サルモネラ特異的プローブを用いたin situ hybridization法により証明する。 サルモネラ感受性のマウスの購入費用、飼育に使用する低蛋白特殊飼料・その他の一般飼育費用、投与菌の培養・調整、感染後の処置に使用する抗生物質などの培地・試薬および使用機材の費用など、動物実験に関する費用が期間全体にわたって必要である。TNF-alphaのメッセージ発現に関しては、real-time RT-PCRに使用するプライマー・試薬類、タンパク定量にはELISA用の抗TNF-alpha抗体・標識抗体・発色基質・ELISA用プレートなどを必要とする。 脳内L-formの存在確認のためのin situ hybridization用の標本作製費用とサルモネラ特異的プローブや試薬の費用も必要である。標本作製時には同時に脳内の炎症性変化について確認する為、HE染色標本の作製も依頼する。
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