研究課題/領域番号 |
23659258
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
田倉 智之 大阪大学, 医学(系)研究科(研究院), 寄附講座教授 (60569937)
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研究分担者 |
上塚 芳郎 東京女子医科大学, 医学部, 教授 (40147418)
上月 正博 東北大学, 医学(系)研究科(研究院), 教授 (70234698)
杉原 茂 東京医科歯科大学, 医歯(薬)学総合研究科, 非常勤講師 (60397685)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | 医療保険財源 / 質調整生存年 / 支払意思額 / 給付と負担 / 費用対効果 / 悪性腫瘍疾患 / 冠動脈疾患 |
研究概要 |
医療保険制度に関するWTPの研究は、633件(回答率26.3%)の標本において、ランダム効用モデルによる条件付ロジットによるコンジョイントの解析(プロファイル;5属性・5水準)の結果、1Qalyあたりの支払意思額(社会互助として直ぐにでも亡くなる他人を治療する国民負担の限度額)が平均年収以上の層で360.8万円となった。 また、先行研究が無い「診療負荷(治療に伴う痛みや不快の程度と持続の期間を設定)」の属性が全体効用値に及ぼす影響を分析したところ、期間(短)・負担(小)等の条件は統計学的に有意であり、標準化係数が0.339(p<0.001)になった。また、診療負荷の属性が期間(短)・負担(小)の条件では、全ての年収帯で943.5万円/Qaly・件となった。以上から、診療負荷は治療に対する支払意思額に大きな影響を与えることが示唆され、本研究の結果が先行研究と一部異なるのは治療プロセスを明示したことにあると推察された。なお、新たな治療技術の追加導入に対する自己負担増加(世帯)の許容限度額は、約7.1万円/Qaly・件となった。 特定領域の費用対効果分析の文献レビューについては、生命予後との関係が大きく、技術進歩の速い悪性腫瘍系の分子標的治療薬および医療費の増加が著しい整形外科領域と循環器領域の各種治療について実施した。例えば、悪性腫瘍系の分子標的治療薬の文献レビュー結果は、大腸癌のケースで増分費用効果比(ICER)が35,041ポンド/Qaly(セツキシマブ)から93,128ポンド/Qaly(ベバシズマブ)となり、英国の公的給付の閾値(1Qaly獲得に3万ポンド前後)に比べるとやや下回る傾向にあった。1QALY獲得のWTPと医療保険の財源規模の関係整理については、動的な解析モデルで第二世代VASの社会経済的な解析を行った結果、1,042万円/年の経済価値の増加が見込まれた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、公的医療保険などへ社会資源を適切に配分するための理論と根拠の構築を目的に、WTPに関わる次の2つのテーマを試行する予定である。(1)医療技術の個別評価と医療保険の財源規模の整合性について検証:公的医療制度に対する支払意思の総額を推計する新モデルを開発し、得られた結果と実際の総医療費を比較検証する。(2)オプション価値や代位価値に着目したWTPの評価:支払意思と財源規模の比較情報をフィードバックした支払動機の変化を分析し、"気づき"が負担に対する理解を促すのか考察する。 平成23年度は、上記(1)の「医療技術の個別評価と医療保険の財源規模の整合性について検証」への対応を主な目標としていた。具体的には、「社会保障費を負担する世代に対するWTPの調査」および「特定領域の費用対効果分析の文献レビューの実施」、「1QALY獲得のWTPと医療保険の財源規模の関係整理」を予定していた。 実施状況として、「社会保障費を負担する世代に対するWTPの調査」については、コンジョイント法により1Qaly獲得に対する支払意思額の分析を実施し、社会互助として直ぐにでも亡くなる病気の方(他人)を治療する国民負担の限度額を明らかとした。また「特定領域の費用対効果分析の文献レビューの実施」は、悪性腫瘍疾患や循環器疾患の薬物療法等の費用対効果の国内外の文献レビューを実施し、診療技術の費用対効果($/Qaly)を整理した。さらに「1QALY獲得のWTPと医療保険の財源規模の関係整理」については、補助人工心臓(VAS)を対象に社会経済的な解析モデルを構築し、モンテカルロシミュレーション法の応用した推計を試行し、層化したn個のブロックを用意の上、その開発モデルについて交差検証を実施し推定精度を算出するための準備を整えた。 以上から現在の進捗は、当初の目標に対して概ね達成されていると考える。
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今後の研究の推進方策 |
平成24年度は、「オプション価値や代位価値に着目した自発的支払意思額の評価」を中心に実施する。(1) 支払意思と財源規模の比較情報をフィードバックしたWTPの再調査 平成23年度に得られた公的医療制度に対する支払意思の推計総額と実際の総医療費を比較した情報を追加した上で、同一の回答群に再度WTPを訊ね、オプション価値や代位価値の変化の観測を行う。調査内容は、基本的に昨年度のテーマと同じ構成にするが、調査票の最初に昨年度で得られた結果の情報、およびそれに対する解説を追加した上で、健康保険料や自己負担金に関わる設問も設定する。分析にあたっては、回答者と世帯の経済社会的属性の変化、および再調査の影響を検証するために、必要に応じてサブ解析を実施する。結果は、支払動機(オプション価値や代位価値など)の変位を中心に整理を行う。(2) 支払意思と財源規模を整合させる公的保険の収載基準の理論構築に関する考察 診療実績や請求金額に基づく係数を用いたモデルの限界などを考慮しつつ、本研究の2つのテーマから得られた結果を総合的に論じる。つまり、支払意思の推計総額と医療保険の財源規模の間に乖離があるのかどうか、また仮に乖離が認められた場合、その支払意思に基づく医療技術の公的給付の閾値の有用性は医療政策の中でどのような位置づけになるのか、などについて考察する。さらに、「気づき」を与えることで現在の社会保障費の負担者により一層の負担を理解してもらうことが可能なのかどうか、オプション価値や代位価値の分析結果を踏まえて検討を進める。これにあたり、潜在国民負担率の報告事例や個人のライフサイクルにおける医療保険の負担と受益に係わる資料などについても文献レビューを進め、必用に応じて報告書に反映を行う。 得られた示唆は、国内の関係学会にて発表する。
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次年度の研究費の使用計画 |
本研究に必要な主要設備のうち、ハードウェア(調査票設計、データエントリ、データ分析、レポート作成などに必用なコンピュータ、通信関係)については、共用設備を含め既に整備されている。一方、モンテカルロシミュレーション法などに対応する専門性の高いソフトウェアは、新たに整備が必要となる。また、研究の公表、情報収集のための学術集会への出席、分担研究者との研究計画や分析結果の検討に必要な会合開催のために、旅費を要する。 平成24年度は、「支払意思と財源規模の比較情報をフィードバックしたWTPの再調査」のアンケート調査等ために、1,200千円を予定している。また、オプション価値や代位価値の分析や動的シミュレーションモデルの調整等について、800千円の謝金等を予定している。さらに、研究の打ち合わせ等のための旅費等について、160千円を想定している。その他、印刷費および翻訳費も計上している。 なお、次年度使用額は、36,349万円となっている。これは、「特定領域の費用対効果分析の文献レビューの実施」において、腎不全および糖尿病の領域の年度末に発表された海外報告の精査(翻訳含)が時間の制約で対応ができなかったことが背景にある。この点については引き続き精査を行い、動的な解析モデルで支払意思の推計総額と医療保険の財源規模の間に乖離があるのかどうか検証することを目的とした、平成24年度に実施する「支払意思と財源規模を整合させる公的保険の収載基準の理論構築に関する考察」の前に終了させる予定である。
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