これまでの研究から、D型アミノ酸の中で最も高濃度に脳に存在するD型セリンはセリンラセマーゼ(SRR)によってL型セリンから合成される事が知られているが、脳における他のD型アミノ酸の生成・代謝機構は未だ不明な点が多い。D型アミノ酸の中でD型アスパラギン酸、D型アラニンも脳に存在することが知られている。今回、SRR遺伝子欠損マウスにおける脳(前頭前皮質、海馬、線条体、小脳)におけるD型アスパルギン酸、D型アラニン、およびその他のアミノ酸濃度が、野生型マウスと比較して変化しているかをカラムスイッチング法を用いた蛍光検出器付の高速液体クロマトグラフィーを用いて調べた。SRR遺伝子欠損マウスにおける前頭前皮質、海馬、線条体におけるD型アスパラギン酸濃度は、野生型と比較して有意に低い値を示した。一方、小脳におけるD型アスパラギン酸濃度は、両群で差は見られなかった。また、他のアミノ酸(アラニン、タウリン、アスパルギン、スレオニン、GABA、メチオニン)濃度も、両群で差は認められなかった。さらに、D型アスパラギン酸分解酵素(DDO)の酵素活性を測定したが、両群の前脳では差が無く、分解酵素が関与している可能性は低いと考えられた。逆に、腎臓におけるDDO活性および腎臓組織重量は、SRR遺伝子欠損マウスにおいて有意に低かった。以上の結果より、SRR遺伝子が脳内D型アスパラギン酸の生成に関わっている可能性が示唆された。またSRR遺伝子は、腎臓機能にも影響を与えている可能性が示唆された。脳内のD型アミノ酸は、精神神経疾患だけでなく多くの脳疾患の病態に関わっている事から、今後、詳細にD型セリン、D型アスパラギン酸などのD型アミノ酸の生成・分解機構を調べることにより、D型アミノ酸の新たな役割が解明されるであろう。
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