<研究の目的> 発達期の脳に対する麻酔薬の神経毒性作用に関する研究を行った。麻酔薬は、脳内の興奮と抑制のバランスを変動させることで、鎮静や鎮痛作用、さらに神経毒性作用を持つのではないかという仮説を検証した。 <方法> 実験動物として雄マウスを用い、全身麻酔薬としてセボフルランとプロポフォールを使用した。脳内の興奮と抑制バランスを変動させるための手法として、抑制性の低下のためには、遺伝子改変マウス(GABA合成酵素欠損マウス)を、また抑制性の増強のためには薬理学的手法(GABAトランスポーター阻害薬)を使用した。鎮静の指標としてLORR (Loss of righting reflex)、鎮痛の指標としてLTWR(Loss of tail-pinch withdrawal reflex)を使用した。別の実験系として、幼弱マウスに一定時間、臨床濃度のセボフルラン暴露を行い、成長後の麻酔薬感受性、不安作用、学習能力への影響を調べた。 <結果> GABA受容体アロステリック修飾薬であるプロポフォールは、細胞外GABA濃度の変動によって鎮静作用と鎮痛作用が大きく影響された。一方、細胞外GABA濃度が変動は、セボフルランの鎮静や鎮痛作用への影響は限定的であった。この結果は、同じ全身麻酔薬であっても、細胞外GABA受容体の役割が異なることを示唆している。さらに、麻酔薬暴露の実験では、幼弱期のセボフルラン暴露によって、麻酔薬感受性、不安のレベル、空間認知学習能力には影響が少ないことが判明した。 <考察と結論> 麻酔薬の神経毒性は、これまでの多くの研究にも関わらず臨床的に結論に至らない重要な課題である。細胞外GABA濃度の変動は、鎮静や鎮痛に重要な役割を担っていることが判明したが、神経毒性分子機序として脳の臨界期にも影響を及ぼすのかという点に関しては今後さらに多くの研究必要である。
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