研究課題/領域番号 |
23680029
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研究機関 | 独立行政法人産業技術総合研究所 |
研究代表者 |
山本 慎也 独立行政法人産業技術総合研究所, ヒューマンライフテクノロジー研究部門, 主任研究員 (90371088)
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研究期間 (年度) |
2011-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 認知科学 / 神経科学 / 時間知覚 / 情報統合 |
研究概要 |
脳は複数の感覚信号を統合して、統一した知覚を構築することができる。例えば、単一のイベントとして同時に生じた視聴覚の感覚信号は、実際には脳内の多感覚領域には同時に到達しない。これは、イベントから目や耳(受容器)まで光や音が伝達される際に生じる物理時間差と、受容器から多感覚領域まで神経信号が伝達される際に生じる神経時間差という、2つの時間差に起因すると考えられる。これら2つの独立に生じる時間差をどのように脳が補正しているのか、これまで未知の問題であった。この問題に対し、我々は次のような仮説を立てた。イベントが最も近くにある際には、物理時間差が生じないため、多感覚領域に到達した信号の時間差は、ほぼ神経時間差のみになる。この時、聴覚信号の到着時刻は、視覚信号の到着時刻と比較して相対的に最も早くなる。すなわち「【仮説1】多感覚領域における到着時刻のうち聴覚信号が相対的に最も早い場合の時間差を、神経時間差となるように補正する」、という仮説を提唱した。また、神経時間差は発達や加齢など、ゆっくりとした変化のみが原因であることから、「【仮説2】仮説1のような補正は、ゆっくりと安定した形で生じる」、と考えられる。このような仮説の下、視聴覚の時間順序判断の実験を長期間行い、上記の仮説を検証した。その結果、1)音と光の時間順序判断が、呈示する時間差の平均が0にもかかわらず、主観的な同時点が音先行方向に移動すること、2)その変化が何日にもわたるゆっくりとした変化であること、3)1-3か月後に同じ実験を行っても、その変化が保存されていたこと、を発見した。これらの結果は、我々の仮説を支持するものであった。我々が発見した現象を「ゼロ点補正」と命名した。現在、本成果に関する論文発表準備を行っている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度は、本研究計画の骨格であるゼロ点補正の仮説の検証に成功した。この現象は時間知覚の研究においてきわめて新しいものであると同時に、神経科学・認知科学の最大のテーマである「学習」という概念に対して、大きな影響を与えるものであると確信している。これまで「学習」の概念を再検討すると、学習とは外界における平均のバイアスであると考えることが出来る。しかし、我々の発見は、平均のバイアスがゼロであっても、変化が生じることがあることを示している。これは考え方を変えるとバイアスの分散に対する変化であり、学習の概念を一歩進めるものとなっている。本年度は、この現象の発見に伴い、当初計画していた実験の他に、1-3か月後の効果を調べるという「リテンション実験」を行い、効果が継続することを発見した。この発見は、計画を超えた重要な発見であった。また、論文発表・口頭発表等も多数行ったことから「(1)当初の計画以上に進展している」を選択した。
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今後の研究の推進方策 |
25年度は、申請計画の仮説の検証に成功したという観点から、非常に大きな前進があったと考えている。26年度は、25年度の実験結果をさらに強くサポートするために必要なコントロール実験等を追加し、論文発表の準備を行うことを目指す。現状でとてもうまく研究が進んでいるため、このまま前進していきたい。
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